teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助 youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ]


ドミトリー・ホロトフスキー

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年11月22日(水)20時09分42秒
  ロシアの歌手のドミトリー・ホロトフスキーがガンで死去。55歳!!

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6

 
 

315. 子供のための「ラインの黄金」11月8日、ケルン

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年11月 9日(木)19時11分59秒
  車が故障したので近くの駅まで歩いて行ったので電車が1時間遅いのに乗り10分余りの遅刻。第一場がちょうど終わったとこだった。しかしその後の音楽野カットを聴いてやはり序奏は低音部のEbで始まったと推測されかなりの無駄な繰り返しを省略し第一場を10分程度にまとめたことが伺える。何時ものようにラインの乙女たちがアルベリッヒを小さいと馬鹿にしたのでアルベリッヒが怒ってラインの黄金を盗んだらしい。

この子供用の1時間余りのオペラは調性の古典物でも現代の無調でも区別なしにドイツのどの劇場も毎日のように積極的にやっていて、予定表では既成の大人用オペラと比べても上演回数はほぼ同じであり、毎月のように新しい新演出かヴィーダーアオフナーメを出し、如何に手を抜かないで子供たちのためにオペラの聴衆の後継者作りをしているかが伺えるが、今回はそのクラシックオペラの短縮版である。案の定この日の晩の正規のオペラは休んでいる。さすがに本来に「ラインの黄金」は2時間40分と子供達にとっては長すぎるので1時間ちょっとにカットしたステファン・べーリッシュの一管編成の編曲版が使われるが、正式の筋を壊さない生演奏であることだけは手を抜かない。

正規のそれは今年はすでにデュッセルドルフで見たが、休みなしで長いので大人にとってもきついが、要は音楽の理解にかかっているので、これを子供のころから親しむのは、幼児ソリスト教育の楽器や幼児外国語教育と全く同じで、子供時代が一番抵抗が少なくすんなり出し物が入っていくので、最初難しく感じても楽に音楽的に教育できるのである。

これは無調の新作オペラでも全く同様である。それで子供用の大半のオペラは1時間程度のクラシックが圧倒的に少ないので新作・無調が断然多く、どこの歌劇場の躊躇なく子供のために上演し誰でもそれが当たり前のものとして大人になっていく。ここで確実に言えるのは子供たちにとっては無調の音楽を舞台美術とともにどんどん聴かせても全く問題は無いことである。

ところでその編曲された楽器編成であるが、予想通りあの「ジークフリート牧歌」の1管編成を基本にしている。弦楽五重奏を主体としてトロンボーン、チューバ、ハープ、2人の打楽器奏者が付くだけである。最近はBクラス以下の劇場でもショット社の3管編成の伴奏パート譜が良く使われるが、108名の4管編成を十数名の室内管弦楽に縮めてなぜそれでも十分な効果があるのかは「ジークフリート牧歌」を聴けばすぐわかるはずである。それでもドイツのオーケストラはヴァイオリンなどの低音を除いて十分な厚みを作ることができるが、声とのバランスも全く問題ない。

肝心な筋であるが、時々全音楽を止めてセリフだけにして話の進行をレチタティーヴォのように速めていることがわかる。肝心のヴォータンは韓国人が演じている。正規の上演は白人が演じるがいつもかっこ悪い役が多いので韓国人でも違和感はないしドイツ語の訛りもない。さらに巨人がしょっちゅう出てくるのでヴォータンはむしろ小さい方がコントラストが付いて良い。巨人族のコスチュームが子供たちにとってはそれとすぐわかるように良くできていて、小柄なフライアを担保に担いでいくところは子供たちにとっては見ものになる。更に今回はダイアローグ以外子供オペラに珍しい字幕が付いている。

しかしわき役のミーメやエルダ・ドンナーなどは人件費の節約のために出て来ない。管弦楽で象徴的に奏されるだけである。金床は部隊の登場人物も一緒に叩く。大蛇はやはり韓国人のアルベリッヒが背中から巨大な尻尾を出し、蚤は背負っている枕みたいなものを膨らませてぴょんぴょん跳ねる。面白いやり方である。ヴォータンはアルベリッヒからリングを毟り取る。ファーフナーは脇で呪いをかけたアルベリッヒが見ている中弟を金塊で撃ち殺す。雷の頂点は鍋の蓋か壊れた洗面器みたいのを叩いてハンマーの代わりで何ともかっこ悪い音になる。ラインの乙女も節約して2人だけ。しかしちゃんと最後の変二長調の和音まで入っている。何と子供達でも解りやすい演出であろうか?75分。

Richard Wagner
Das Rheingold für Kinder
in einer Fassung von Rainer Mühlbach und Brigitta Gillessen
Arrangement von Stefan Behrisch
Text und Musik von Richard Wagner (1813 - 1883)
für Kinder ab 8 Jahren
Dauer ca. 65 Minuten

StaatenHaus Saal 3 / 11:30 ? 12:35 / ? 12,5,-/7
Inhalt
Im ?Rheingold?, dem Vorabend zu ?Der Ring des Nibelungen?, lässt Richard Wagner das ganze Personal der nordischen Mythologie auftreten: Götter, Riesen, Zwerge sowie Drachen und die verspielten Rheintöchter. Alle befehden sich um den zaubermächtigen Ring, der von Nibelungenzwerg Alberich aus dem geraubten Rheingold … geschmiedet wurde. Nur durch den Verzicht auf die Liebe konnte er dieses Werk schaffen, so wie die Rheintöchter es verkündet hatten:
?Nur wer der Minne Macht entsagt,
nur wer der Liebe Lust verjagt,
nur der erzielt sich den Zauber,
zum Reife zu zwingen das Gold.?
Als Göttervater Wotan den Ring mit Hilfe des listigen Loge raubt, und die Riesen Fasolt und Fafner den Ring als Lohn für ihre Arbeit an der Götterburg Walhall einfordern, nimmt die verhängnisvolle, zeitlos gültige Geschichte um Gier, Selbst? sucht und Ausbeutung ihren Lauf.
Inszenierung
Die Oper Köln bringt Richard Wagners Gesamtzyklus ?Der Ring des Nibelungen? in einer neu eingerichteten Fassung für Kinder heraus. Dieses große Projekt erstreckt sich über vier Spielzeiten. Die Fassung von Regisseurin Brigitta Gillessen und dem Musikalischen Leiter Rainer Mühlbach in der Orchestrierung von Stefan … Behrisch stellt das Zeitlose und Märchenhafte der ?Ring??-Opern in den Mittelpunkt, so dass Kinder und erwachsene Einsteiger sich mit Richard Wagners dramatischem Kosmos vertraut machen können.
?Weia! Waga! Woge, du Welle!? (Rheintöchter)
Besetzung
Musikalische Leitung Rainer Mühlbach / Inszenierung Brigitta Gillessen / Bühne & Kostüme Christof Cremer / Licht Nicol Hungsberg / Dramaturgie Tanja Fasching /
Wotan
Insik Choi
Loge
Dino Lüthy
Alberich
Hoeup Choi
Fasolt
Miroslav Stricevic
Fafner
Lucas Singer?/ Yunus Schahinger
Fricka / Floßhilde
Judith Thielsen
Freia
María Isabel Segarra
Woglinde
Maria Kublashvili
Wellgunde
Sara Jo Benoot
Stimme der Erda
Jing Yang
Orchester
Gürzenich-Orchester Köln

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6

 

314. 「あるセールスマンの死」10月27日、

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年10月29日(日)05時03分31秒
  Tod eines Handlungsreisenden
von Arthur Miller
Deutsch von Volker Schlöndorff

著者のアーサー・ミラーはアメリカ人。1915年にニュー・ヨークに生まれて2005年にコネチカット州で89歳で死んでいる今まで知らなかった劇作家。それをシュレンドルフがドイツ語に訳したもの。

ここも何時もの仮設劇場だが、オペラの様な変な作りはしない。ギリシャ風建築のように一番下にステージがありそれから階段状に客席があるから舞台の見えない部分はない。今同時にやっている「ペール・ギュント」や「ファウスト」ほどの人気はないが客席はほぼ埋まっている。

まず初めにフリューゲル・ホルンと思われるジャズ風の音楽だが実際はトランペットを弱音している。これが電子音と重なる。次にセールスマン業の夫婦が出てきて長い会話。真ん中に机を椅子が置いてあるが昔見たウイーンのブルク劇場の「シェークスピアの「嵐」のように舞台一面に水が張ってある。

次に友人が出てきて会話。ミュートされたトランペットの生の音。カリフォルニアとかアラスカとかフロリダとかニュー・ヨークとかが儲かるとかアメリカの地名が出てくる。トランペットは弱音気つけていても電気的に増幅され変化されライブ・エレクトロニックになっている。更に口笛が乗っかる。

ちょっとした喧嘩が始まり水面に寝転んで水浸しになる。周りの人は主に見ているが、トランペットのように動いて演技もしているベヴェーグンクスコアの役割も果たす。

突如トランペットがミニマル音楽風の断片を吹く。ママと息子たちの車が壊れたとかセールスが上手く行かないとかの会話。

トランペットは動きながら断片を奏す空間音楽。家族みんなでの会話。トランペットと一緒にボディー・パーカッションをやって増幅する。

みんなで踊りが始まりこれは更にびしょ濡れになる。今度は同僚の会話。トランペット奏者は口笛も吹く。息子たちの不良交友の女友達は父親の愛人だった。父親と愛人は脱いで水の中で事を始める。今度は舌打ちのリズムだけを増幅。2人の兄弟は水の中で争い戦う。

最後にセールスマンがあっけなく水の中に倒れて死ぬ。途中で客がかなり出ていくので不人気な作品と見えるが、やはりかなりの客も入ってきて、または戻ってきて、拍手は立つ人もいるほどの盛況。まあ―、一口に言ってオペラ化には難しい作品ではある。1時間55分。


Unterm Strich lief es doch eigentlich ganz gut. Fast vierzig Jahre lang war Willy Loman als Handlungsreisender unterwegs. Und auch wenn er es nie bis nach oben geschafft hat, hat es irgendwie doch immer gereicht: Um die Familie mit den beiden Söhnen zu ernähren und sogar, um die Hypotheken für das kleine Mittelschichtshaus abzubezahlen. Doch der Traum vom kleinen Lebensglück ist ein zerbrechlicher: Kurz vor dem Ruhestand geht Willy die Puste aus. Die Welt dreht sich zu schnell für den alten Handlungsreisenden. Die alten Kontakte greifen nicht mehr, er verliert seinen Job und bei genauerem Hinsehen geht es nicht nur bei ihm, sondern auch bei seinen Söhnen ans Eingemachte. Wie konnte ihm das passieren? Hätte er noch härter für die eigene Zukunft arbeiten können? Gibt es eigentlich Gerechtigkeit? Oder hat Willy sich einfach ein Leben lang geirrt?

Arthur Millers Stück stellt 60 Jahre nach seiner Uraufführung die Fragen nach dem gefühlten und tatsächlichen Abstieg einer ganzen Gesellschaftsschicht mit erschreckender Aktualität.

Besetzung
Willy Loman
Martin Reinke
Linda Loman
Birgit Walter
Happy Loman/ Howard Wagner, Willys Chef
Peter Miklusz
Biff Loman/ Bernard, Charlys Sohn
Seán McDonagh
Charley, Willys Freund und Nachbar
Winfried Küppers
Ben, Willys verstorbener Bruder
Benjamin Höppner
Die Frau in Boston, Willys Geliebte/ Miss Forsythe
Ines Marie Westernströer
Musiker
Pablo Giw
?
Regie
Rafael Sanchez
Bühne
Thomas Dreißigacker
Mitarbeit Bühne
Hedda Ladwig
Kostüme
Maria Roers
Musik
Pablo Giw
Licht
Jan Steinfatt
Dramaturgie
Thomas Laue

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6

 

313. オットマール・シェックの「ペンテジレア」

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年10月21日(土)18時31分54秒
  PENTHESILEA VON OTHMAR SCHOECK、10月20日、ボン
最近ケルンのオペラがよくやるようにオーケストラが舞台の奥に行って歌が前に出てきて歌うと言うセッティング、は音響に問題が無い限り演出がペーター・コンビチュニーにとっては絶対に躊躇しない。演歌のように声がよく聞こえるのが取り柄である。コンチェルタンテと間違いやすいが、舞台はあるしその大道具は2台のフルコンのピアノであリ、演技が入り、「下着」の衣装も作られている。
台本のハインリッヒ・フォン・クライストは自分にとっては非常に親しい。昔30年も前にウィーンのブルク劇場で彼の戯曲を散々立ち見で見たからである。オーストリアでは当時よく上演される劇作家であった。
舞台にも客席があり聴衆と合唱団が半々ずつごちゃごちゃ入り交ざって座っているらしい。もちろん合唱団が座る席のチケットは販売してない。それが一般客席の前の方の列にもあリ一般聴衆と混ざっている。コーラスの行動はワーグナーのそれとは違ってバラバラに演技し行動して何時もカオス状態になる。出演者と聴衆を全く分けない演出設定。
肝心の舞台にはピアノ2台があるが実際はオケの中のアップライトの2台のピアノとパート譜を分けて弾いているので演技演奏とも言うべきである。椅子はピアノに固定されいていくら動かしても音が出ない設定になっている。
スイス出身のオットマール・シェックはよく出版社の作曲家カタログに出てくるが実際にそんなに直接聴いたことはない、シェーンベルクと同じ世代の作曲家。プロンプターは客席の一番前に陣取っているが、座っている形跡がなく主に複数のモニターでアインザッツを確認しているらしい。
オケはコントラバス5であるから第一ヴァイオリンは12のはずで、これは思うに4管編成にしか使われない大きさなので、よく見ると実際は変則的な編成で実際にクラリネットは8本でこれは現在リヒャルト・シュトラウスの「エレクトラ」にしかない大きさである。しかし金管はホルンからトロンボーンまで4本ずつで打楽器奏者は5人の重量級の規模。
5分遅れで開始。最初は原始主義に近いアタックなのでストラヴィンスキーと想起させる。歌手がすぐに客席の入り口から出て来る。ヒンデミット的な音楽を予想してたが、印象主義的な和声、バルトーク的な暗さはシュレッカーの「刻印された者たち」に似ている。違うのはオケの和音を下敷きにして語るセリフが多い事。演奏時間は80分と言われるがナクソスのCD1枚に入りやすい長さである。マーラーのハンマーを想起させる幾分小型のハンマー。
後半にアルプホルンが出てきてへたくそな音が出るが、わき役の歌手がわざと吹いているらしい。多分スコアには書かれていないスイス音楽の象徴としての演出みたいだ!オケの中の4本の若い奏者のホルンは最高の品質で、ケルン放送響とても言えどもここまでは吹けない。
タイトルロールのペンテジレアはエレクトラのように高音部を容赦なく歌いまくり、彼氏を射殺し自分も自殺する。最後に残った配役によるマイクを通した長いダイアローグ。登場人物の一人は演技ピアノの楽譜を2台同時にめくりまくる。
ラジオのレポートでは80分かかかると言ってたが実際は90分かかった。

- in deutscher Sprache -

Nach dem Trauerspiel von Heinrich von Kleist in einem Aufzug
Dichtung vom Komponisten?
Koproduktion mit dem Landestheater Linz
Penthesilea ist die Königin der Amazonen, sie zieht mit Pfeil und Bogen bewaffnet in den Krieg gegen die Griechen. Dabei geht es nicht nur darum, ihr Land zu verteidigen, sondern auch, sich einen Liebespartner zu erobern, denn laut amazonischem Gesetz dürfen sich die Kriegerinnen nur mit von ihnen besiegten Feinden paaren. Bei Homer nur angedeutet, später im Umfeld der Ilias verschiedentlich ausgeschmückt, wurde uns die Legende überliefert, dass Achilles sich in Penthesilea verliebt hätte, nachdem er sie tödlich verwundet hatte. Achilles muss erleben, dass sein Sieg ihn teuer zu stehen kommt und ihm die Geliebte für immer entreißt. Diese Geschichte inspirierte Künstler aller Zeiten und lebt in verschiedenen Gemälden und Gedichten fort. Bei ihm ist es nicht Achilles, der die Geliebte tötet, sondern umgekehrt Penthesilea, deren fehlgeleitete Liebesenergie in Wahnsinn umschlägt und sie zur Mörderin macht. Schonungslos legt Kleist die Mechanismen bloß, wie aus liebesbedürftigen jungen Menschen durch politische Manipulation mordende Ungeheuer gemacht werden. Unermüdliche Kriegspropaganda, falsche Ehrbegriffe und der Zwang zum Siegen verhindern das Liebesglück und führen mit tödlicher Konsequenz zum tragischen Ende. Die entsprechend überhitzte, oftmals explosive Sprache scheint zwar auf den ersten Blick für eine Vertonung als Oper eher ungeeignet, doch dem Komponisten Othmar Schoeck ist das Kunststück gelungen, ein atemberaubendes Stück Musiktheater zu schreiben, indem er aus dem Drama die wirksamsten Szenen auswählte und mit seiner expressiven und gefühlsgeladenen Musik für die Bühne nachempfand. Seit der Uraufführung 1927 an der Dresdner Semperoper hat dieses Stück Dirigenten, Regisseure und Publikum immer wieder fasziniert, obwohl ? oder vielleicht gerade weil ? es sich nicht so einfach in eine musikhistorische Schublade stecken lässt. In der Inszenierung von Peter Konwitschny sitzt das Publikum wie bei einem Boxkampf in der Arena und kann unmittelbar Anteil nehmen an dem gnadenlos blutigen Lebenskampf der Heroen. Mit PENTHESILEA stellt sich der neue GMD Dirk Kaftan dem Bonner Opernpublikum vor.
Einführungsmatinee
OPERNFOYER | SO, 1. OKT 2017, 11 UHR
Moderation: Michael Struck-Schloen, Autor und Musikjournalist
mit Brunch
…und außerdem…
OTHMAR SCHOECK LIEDER
OPERNFOYER | MO, 13. NOV 2017, 19.30 UHR

HINWEIS | Eine Stunde vor Aufführungsbeginn stehen im Foyer unsere ehrenamtlichen OPERNFÜHRER für Sie bereit und freuen sich auf Ihre Fragen zu Werk und Inszenierung.
Besetzung



Penthesilea
Dshamilja ?Kaiser
Prothoe
Aile Asszonyi
Meroe
Kathrin Leidig
Die Oberpriesterin der Diana
Ceri Williams
Erste Priesterin
Marie? Heeschen
Achilles
Christian Miedl
Diomedes
Johannes Mertes
Ein Hauptmann
Christian Specht
Zweite Priesterin
Brigitte Jung
1. Amazone
Christina Kallergis / Martina Kellermann
2. Amazone
Katrin Stösel / Nina Simone Unden
Bühnen-Pianisten
Lucas Huber Sierra
?
Meri Tschabaschwili


Chor des Theater Bonn // Extrachor des Theater Bonn // Beethoven Orchester Bonn
Musikalische Leitung
Dirk Kaftan
Inszenierung
Peter Konwitschny
Ausstattung
Johannes Leiacker
Licht
Thomas Roscher
Konzeptionelle Mitarbeit & Dramaturgie
Bettina Bartz
Choreinstudierung
Marco Medved


Regieassistenz
Andreas Beuermann
Regieassistenz und Abendspielleitung
Barbara Schröder
Musikalische Assistenz
Carolin Barbara Nordmeyer
Studienleitung
Julia Strelchenko
Korrepetition
Christopher Arpin / Julia Strelchenko
Bühnenbildassistenz
Ansgar Baradoy
Kostümassistenz
Dieter Hauber
Inspizienz
Karsten Sandleben
Soufflage und Sprachcoach
Stefanie Wüst



op. 39 Penthesilea Nach dem Trauerspiel von Heinrich von Kleist, in einem Aufzug. Widmung: Werner Reinhart gewidmet Komponiert: 1923-1925 in Brunnen und St. Gallen. Revidiert 1927. Personen: Penthesilea, Königin der Amazonen - Mezzosopran - Prothoe, Meroe, Fürstinnen der Amazonen - Soprane - Die Oberpriesterin der Diana Alt - Achilles, König des Griechenvolkes - Bariton - Diomedes, König des Griechenvolkes - Tenor - Ein Herold - Bariton - Griechen und Amazonen. Ort der Handlung: Schlachtfeld bei Troja. Orchesterbesetzung: Fl (auch Pic), 2 Pic (auch Fl), Ob (auch EH), 6 Kl, 2 kl Kl in Es, 2 Baßkl, Cfg - 4 Hr, 4 Trp, 4 Pos, Tb - Stierhorn - Pk, Schlgz (kl Tr, gr Tr, Bck, Trgl, Rute, Tamt) - 2 Klav - 4 Solo-Vl, Str (nur Vla, Vc, CB). Hinter der Szene: 3 Trp in C Dauer: 1 Stunde 20 Minuten Autograph: Partitur in Privatbesitz. Einlagen von 1927 in CH-Zz, Nachlass Othmar Schoeck, op. 39. Entwürfe zum Textbuch in CH-Zz, Mus OSA Ms 11; Gedruckter Klavierauszug mit hs. Änderungen von Schoeck (d.h. die Umarbeitung von 1927): Mus OSA Ms 46 (Beil. OSA Ms 51). Handexemplar der Orchesterpartitur aus dem Besitz von Max Conrad (Dirigent der UA der revidierten Fassung): Mus OSA 88 Verlag: Musikhaus Hüni, Zürich 1927, später: Bärenreiter, Kassel. Part. (M.H.Z. 205), KlA von K. Krebs (BA 3652), Aufführungsmaterial leihweise. Uraufführung: 8. Januar 1927 an der Sächsischen Staatsoper in Dresden (Dirigent: Hermann Kutzschbach). Erstaufführung der revidierten Fassung: 15. Mai 1928 am Stadttheater Zürich (Dirigent: Max Conrad).

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6

 

(天声人語)ウィーンと千葉 

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年10月20日(金)05時54分42秒
  20世紀初め、ウィーンで「手児奈(てこな)マーチ」という行進曲が評判を呼んだ。手児奈は万葉集にも詠まれた伝説の美女。自分をめぐって争う男たちを悲しみ、いまの千葉県市川市にあった入り江に身を投げたとされる▼作曲者はのちにウィーン音楽界で重きをなすルドルフ・ディットリヒ。明治の中葉、東京音楽学校(現東ログイン前の続き京芸大)で6年、音楽を教えた▼「安産や子育ての神様として手児奈を知ったのでしょう。日本女性との間に男児をもうけ、離日の際は残していく母子の行く末を案じていました」。推理するのは地元の市川市でディットリヒの顕彰を始めた桑村益夫さん(82)。ウィーンに埋もれていた楽譜を取り寄せ、2年前には所属する楽団で披露した。いまは評伝刊行の資金集めに奔走する▼いわゆるお雇い外国人の中で知名度こそ高くはないが、貢献度は高い。本場の作曲、指揮、歌唱、演奏を体系的に教え、鹿鳴館で音楽会を開いた。明治憲法の公布を祝う歌を作り、帝国議会開設の記念曲も奏でている▼授業は厳しかったが、返却する答案には「日土理非(デートリヒ)」と当て字の印を押した。遊び心もあったらしい。帰国後は日本で集めた旋律をもとに曲作りに励んだ。「手児奈」も自ら指揮したという▼市川市での初演を録音で聴いてみた。リズムは全編ウィーン風ながら、民謡や小唄からとりいれた旋律が耳にすっとなじむ。万葉集から鹿鳴館へ、帝国議会からウィーンの音楽堂へ。目を閉じて時空を旅する感覚をしばし満喫した。

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6

 

WVE-355a

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年10月15日(日)04時42分17秒
  昨日のクララが撮ったコンサート!
https://www.youtube.com/watch?v=8iW7E2Yy3S8&t=98s

目が疲れたらこっち!
https://www.youtube.com/watch?v=6-szxgHjo4Y&t=199s

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6

 

312.  ケルンの「タンホイザー」10月6日

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年10月 7日(土)19時32分19秒
  何か昔ケルンで一回「タンホイザー」見たと思ったら2008年5月10日にステンツの指揮で見てる。当時はドレスデンの通常版で何の変哲もない。2時間55分20秒かかってる。

今回は10年も経たないのにまた新演出。40分前に予告した解説によるとバレエが節約できる予算配慮に優しい同じドレスデン版であるが、計5稿あるうちの第一稿。要するに初稿の初稿。ドレスデンの最終稿が1845年、パリ版の最終稿が1861年。まあ―、ほかには番号オペラの廃止とかゥォルフラム・フォン・エッシェンバッハとかヴェーヌスベルク―ヴェーヌスとヴァルトブルク―エリザベートの対比とかチューリンゲンの聖エリザベートの伝説とか普通の当たり前のお勉強会になる。

演出のキンマンスはすでにケルンでバタフライやリングの衣装や照明を担当して今回演出に回ったとか?

開幕10分前にバイロイト風にシュトットガルトの外でもでもやったようにロビーで大行進曲のトランペットの生のファンファーレ。まあ―上手く行った。

オケは舞台の真ん中を大きくくりぬいて全部入れて歌手の演技はその周りでやる。多分歌唱は潰されないで聴こえるがオケそのものの音響はどうだろうか?ハープは2台に増幅、コンバスは6ぐらい入っていて豊からしい。それは良いとしても第一と第二ヴァイオリンが聴こえない。何時ものお得意の霞み奏法も災いして全面的に聴こえない。ティンパ二だけ飛び出して煩い。更に他の楽器とアインザッツが合わない。とにかく変なバランス。ピットの周りに布もあってかなり音が吸収されているらしい。プロンプターは客席に陣取っている。

序曲からパントマイムが動いている。バレエ団の連中なのでパリ版のバレエを節約したわけではないらしい。アレグロの移る前の楽想がこの版では少し違う。カナダのヘルデン・テノールはかなり苦しく120%の力で声になっているのは70%ぐらいか?若き日のスパース・ヴェンコフって感じの声質でそんなに音程が正確なわけでもなし。オテロよりはきついがトリスタンやジークフリートよりは楽なはず。それにしても劇的な高い弦の細かいパッセージが聴こえないのは音響のせい。布に吸収されているか前のピットの板に止められているのか祖の両方かわからない。ヴェーヌスはヴィブラートが多すぎ鬼婆の様な声。「マリア」後の舞台転換は証明が変わっただけでつまらない。ホルンのファンファーレが周りの空間からやって来る。ちょっと速く59分22秒。

歌手は客席まで遠く離れても子音まで聴こえる。男声陣の燕尾服演出はシュトットガルトと同じ。タンホイザーは依然として滑らかさが無く純度の低い声である。エリザベートの声はこじんまりとしている。行進曲のファンファーレは後ろから。12本のトランペットは7本の縮小されているがそれでも煩い。音の不純物が多いのでシュトットガルトのように学生使っているのかと振り向くとみんな若い顔だらけ。シュトットガルトも練習でミスだらけでも本番では完璧にやってたがここは逆か?タンホイザーが斧で女性を切ろうとする。エクストラ・コアが多量に入って総勢150人くらいで大音量だが、後ろ向きに歌わせるのでトランペットの7人のファンファーレに完全に負けている。テンポが意外とせっかちで68分22秒。

第三幕の前奏曲は東京の学生時代散々ピアノで弾いて室内管弦楽に編曲して自分で振ったことがあるので非常に良く知っているが、この初稿と言う奴は後で出て来る指導動機とか万遍なく出て来て全曲に散らばり非常に長く軽く11分超してしまう。とにかくこの2転3転してしていきなり決まった指揮者はアインザッツが合わない。ロートは「べヴェヌート・チェルリー二」も初稿持って来たので来年のB・Aツィンマーマンの「兵士たち」のプレミエも極度に難解な初稿でやる可能性あり楽しみだが。ただ誰かが風邪で欠けると代替えが効かない。弦と管楽器、ティンパ二何時もバラバラ。次のレチタティーヴォもオケがかなり動く。合唱は弦バスの支えが良く効いてる。ヴィルフラムの「夕星の歌」の声はリリックすぎて「ヘルデン」テノールのフォクトみたいだ!最後の残りのチェロは蚊のように聴こえないので全然物足りない。最後に真ん中から出て来るエリザベートの死体の火葬と生きた今までのエリザベート2体が出て来て合計3体になる。何の意味があるのか解らない。テンポが速めでも1時間近く58分13秒。このドレスデン版は長い方で全曲3時間5分57秒。


Richard Wagner
Tannhäuser und der Sängerkrieg auf Wartburg
Große romantische Oper in drei Aufzügen
Libretto und Musik
von Richard Wagner (1813 - 1883)

StaatenHaus Saal 1 / 18:30 ? 22:35 / Vorstellung / 15 ? - 93 ?
Begleitveranstaltung
Mit Kurzeinführung in Saal 3 ab 40 Minuten vor Vorstellungsbeginn.
Inhalt
In der Lebenskrise des Minnesängers Tannhäuser offenbart sich der Konflikt zweier Prinzipien, die ihre Verwirklichung in streng voneinander getrennten Welten erfahren und jeweils von einer Frau repräsentiert werden:
In der Welt der Wartburg mit Elisabeth als weiblicher Lichtgestalt gefällt man sich im Besingen … von Idealen und in einer auf sittliche Sublimierung angelegten Lebens?weise. Im Venusberg wird dem Hedonismus und der Ich-?Erfahrung gehuldigt, die Bewusstseinserweiterung im Rausch gesucht und der Sex vergöttlicht. Tannhäuser, gleichermaßen mit künstlerischem Genie wie mit der Fähigkeit zum Genuss begabt, hat es in jeder dieser beiden Welten weit gebracht ? und dabei zugleich die jeweiligen Unzulänglichkeiten dieser Lebenskonzepte an sich selbst erfahren. Sein Versuch, sich dem von ihm empfundenen Wahn des Venusbergs zu entziehen und in die Sphäre seiner Seelenfreundin Elisabeth zurückzukehren, scheitert skandalös, als er sich während des Sängerwettbewerbs auf der Wartburg zu einer Eloge auf Venus hinreißen lässt. Damit führt er nicht nur seinen Ausschluss aus der Gesellschaft herbei, sondern zerstört auch das Leben der geliebten Freundin. Von nun an ist für Tannhäuser keine Welt mehr greifbar, in der zu leben für ihn eine Perspektive darstellen könnte.
In seinem Künstlerdrama stellt Richard Wagner einen charismatischen Charakter in den Mittelpunkt, dessen Aufbegehren gegen überlebte Normen und verbrämte Konventionen auf der einen Seite ihre Berechtigung hat, auf der anderen Seite, qua Überstrapazierung, die Gefahr des Selbstverlustes in sich trägt.
Wagners Beschäftigung mit dem Stoff dokumentiert sich in den verschiedenen Ver?sionen, die er von dieser Oper vorlegte, und sie fand nie wirklich ein Ende. ?Ich bin der Welt noch einen Tannhäuser schuldig?, äußerte er noch kurz vor seinem Tod.
Inszenierung
Generalmusikdirektor François?-Xavier Roth wird Richard Wagners ?Schmerzens?kind? in der puristischen Dresdener Urfassung von 1845 dirigieren. Der britische Allround?-Künstler und Ästhet Patrick Kinmonth, an der Oper Köln zuletzt mit ?Die Gezeichneten? und ?Solaris? vertreten, begibt sich mit seinem Ausstatter … Darko Petrovic in die verunsichernden Grenzbereiche zwischen virtueller und realer Welt.
?Doch such ich wen, der mir den Weg wohl zeige ...? (Tannhäuser, 3. Aufzug)
Besetzung
Musikalische Leitung Arne Willimczik / Inszenierung Patrick Kinmonth / Bühne Darko Petrovic / Kostüme Annina von Pfuel / Licht Andreas Grüter / Chorleitung Andrew Ollivant / Dramaturgie Georg Kehren /
Hermann, Landgraf von Thüringen
Karl-Heinz Lehner
Tannhäuser
David Pomeroy
Wolfram von Eschenbach
Miljenko Turk
Walther von der Vogelweide
Dino Lüthy
Biterolf
Lucas Singer
Heinrich der Schreiber
John Heuzenroeder
Reinmar von Zweter
Yorck Felix Speer
Elisabeth
Brit-Tone Müllertz / Kristiane Kaiser
Venus
Dalia Schaechter
Ein junger Hirt
María Isabel Segarra
Vier Edelknaben
Eva Budde / Mariola Mainka / Susanna Martin / Barbara Ochs / Martina Sigl / Franka Wagner / Constanze Meijer / Jing Yang
Susanna Martin / Mariola Mainka / Barbara Ochs / Martina Sigl / Franka Wagner / Constanze Meijer / Jing Yang / Eva Budde
Barbara Ochs / Mariola Mainka / Susanna Martin / Martina Sigl / Franka Wagner / Constanze Meijer / Jing Yang / Eva Budde
Martina Sigl / Mariola Mainka / Susanna Martin / Barbara Ochs / Franka Wagner / Constanze Meijer / Jing Yang / Eva Budde
Chor
Chor der Oper Köln
Extrachor
Extra Chor
Orchester
Gürzenich-Orchester Köln

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6

 

クラウス・フーバー

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年10月 4日(水)22時50分44秒
  10月2日に亡くなりました。今日のSWR2はクラウス・フーバー特集。自分のコントラバス・ソロの曲グロテスクだと評価してもらったことがある。

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6

 

クラウス・フーバー

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年10月 4日(水)15時30分15秒
  スイスの作曲家:クラウス・フーバーがイタリアの別荘で死去。92歳!

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6

 

311. ドイツ音楽局指揮者コンクール

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 9月30日(土)20時49分33秒
   9月29日、ケルン・フィルハーモニー

指揮者コンクールと言うと人の曲と人の楽器で音出しするので作曲以上に誰が本当に実力者かちっともわからないのが特徴。棒が上手い人でも練習が上手い人でも暗譜が得意な人でもない。それはあったほうが良いという程度の話である。あんまり個性が強すぎるとアーノンクールやシュルティ、ブーレーズ、バーンスタインのようにカラヤンに左遷されるし良く解ったものではない。その最終日を観る。

10時からギュルツニッヒ・オケで魔笛の第一幕のフィナーレのレチタティーヴォで良く指揮のオペラ講習会などで出る。自分もガーディナーのとこで学んだ。意外と難しい箇所。少年コーラス無しで入る。弦は86443の編成でドイツ人最終選考者が35、50、58、59、68小節と止める。弦のトリルはウィーン・フィルのように完全に合うわけじゃないし、音をどうしても出したくなりヴィブラートすると弦が強くなって重たくなる95小節。弦の純度はかなり混ざっているザラストロの113小節。古楽の影響でテンポは速め。良く聴いているが棒が意外といい加減。テヌートが来ると曲が重くなる152小節。スビトPは残響が残るので間を開ける常識。通しでコンバスの第5弦が美しいがトロンボーンは煩い。最後のウィリアムテル序曲はやはり速めで案外合わない。チェロのソロは安物っぽい。嵐はテンポ。音階は見過ごしたが打楽器にアインザッツがあっても良い。トランペットのファンファーレはPでちっぽけなもの。マーチのテンポが遅く燃えない。瞬発力がない。審査委員長のツァグロセックもその傾向があるがピッチが甘い。ここで最初の休み。

次はロッシーニのリゴレット第三幕の4重唱No.18。イラン人の候補者。外国人は言葉が不自由なのでそこから素質を見出されるのが大変だ。マーラーの「復活」交響曲イランで聴いたらあ指揮者になりたくなったのだそうだ。コンバスが4になりチンバッソが本格的に入る。以外と乱暴でアレクサンダー・ラハバリを思い出す。男は皆韓国人。一人はこの前の子供オペラの出演者でネズミ役。パヴァロッティまがいのテノール。押して押してもどんどん声が出て来るが音階上同じ声質には留まらないしフレージングもまだ未熟なのが若いところ。19、24、49、68、70小節と止める。88小節はアクセントを言うがイタ・オペはどうしても感情的な歌手への指導が中心になり、監視すべきオケに何もしないと勝手にどんどん音が大きくなるのがドイツのオケ。Tb.が煩すぎる。暴力的なアラブのクレッシェンド。sfzは34と37小節。又ロッシーニの序曲。今度はソロのチェロの安っぽさが少なくなるがまだある。更にソリのアンサンブルになる。嵐の木管の雨粒の音程はましだがもう少し詰められる。大太鼓とティンパニのバランスは同じでなければならない。トロンボーンはドイツのそれだが悪魔的なのでこのままで良いだろう?ストリングスが弱い。ホルンはきれいに割れて問題なし。田園のテンポは先ほどより落ち着いて直っている。ファンファーレは少し大きくなったがPのとこだけ大きくffは何処に行った?。ティンパ二は固すぎて煩い。ホルンは弦をかぶせない。最後の和音は長すぎない。またパウゼ!

フィガロの結婚の第二幕のフィナーレ。昔メクレンブルクのオペラのオケを振ったことがあるから良く知っているし良く出る演目。まずオケだけ857小節、899小節と止める。ハンブルクで勉強してるロシアの女の子だが英語で練習する。チェロのスケールが聴こえないが、木管はただのアップゼッツェンなので弱くて聴きたくない。ヴァイオリンのレガートはあんまり一緒に出ない。やはり木管のピッチが合わない899小節。同じ個所に歌を入れるが余り振らない851小節。最後のトランペットのドミソの和音形ぐらい派手に欲しい。戻って671、589小節。ホルンが大きすぎて弦が聴こえない。26小節でも注意。3度目のロッシーニ。ソリが慣れすぎて注意力が薄れてちょっと崩れて来る。ちょっと速め。嵐はリズムは合うがピッチは完全に直ってない。大太鼓のバランスが良くなった。ホルンは素晴らしく割れる。田園のテンポも良くなっている。ファンファーレもfまでは良くなっているがffではない。弦も大きくなったがシンクロンが完全なわけではない。

午後もあったが音楽図書館に行ってB・A・ツィンマーマンのスコアを買いまくったので見てない。

本番の前の解説はない。余りにも誰でも知っている演目すぎるからだ。ケルン放送響でまずブラームスから暗譜で。重い指揮ではないが音は重い。木管の迫力はないがバランスよくまとまっていてもハウプト・シュテインメが小さすぎる。係留音も小さすぎるが和音そのものはよく合っている。弦は16型で十分に厚いしヴィオラの精度も良いがこんなにシンクロンが合わないか?管楽器は弦ほど霞み切れない。14分07秒。

イラン人のマンフレッド序曲。国家に核兵器開発を止めさすにはそこの音楽を振興するしかない。ファジル・サイの様な乱暴さがある。第3トランペットはppしか出てこない代物。
木管の一緒に出るアインザッツは上手く行かない。12分20秒。

ドイツ人の「ティル・オイレンシュピーゲル」。ドルチェで始めるのが難しい。スコアにあるトランペットとホルンの倍管の演奏って見たことないがここでもそうだ。誰かがクラリネットの蓋を落とす。最後の小太鼓はスネアがあったほうが死刑にできる。Esクラは絶叫で音がひっくり返って全部出て来なくなってミスだが反ってこの曲に合ってる。15分54秒。

休みの後ギュルツニッヒ・オケに代わって、魔笛。タミーノの良い声。やっぱりここのレチタティーヴォが一番難しい。次にリゴレット。ここでケルンとボンの市長が出て来て話す。所為賞金の1万ユーロは税金から、残りの1万ユーロは金持ちからの寄付らしい。指揮者はオペラとコンサート同等に振れて初めて一人前とか話す。最後のフィガロ。一時歌手のテンポが速くなるが持ち直す。それで休みで出て行くときにボンの市長と選挙で首刺されたケルンの市長の会話がイラン人は出て来るのが苦労してるから良いとか丸聞き。それからバレンボイムとそのイスラエル・アラブ・オケの会話が耳に入ってくる。最後のウイリアムテルはもう3回練習で聴かされたので汽車も無くなるからここで出てきた。多数決に決まってるが誰が一位がは知らない。

こういうのは必ず国籍や性別がバランスよく配慮されるのは何処でも決まっている。楽器のようにカーテンではなく作曲のように名無しの楽譜プログラムのスコア審査でもないのでとにかく見ないとわかんないからである。言葉で有利なドイツ人も入る。だから最終にドイツ人、イラン人、ロシア人が入り、女が一人残るのはどこでも同じである。後はヨルマ・パヌラが言うように完全に宝くじであるが最後は非常に政治的である。今SWRのラジオで言うにはイラン人が一位でギュルツニッヒ・オケのアシスタントが約束された。北朝鮮人だったらもっとよかっただろうが亡命されるので参加させられない、市長らが決めたわけでもないがこれで原爆開発の抑制と世界平和が少し促進される。音楽が豊かな甘ったれ国から来た指揮者の順位は言わなかったので知らん。

29.09.2017 Freitag 20:00 Uhr
Karten bestellen
Deutscher Dirigentenpreis
Finalkonzert.
Ensemble und Internationales Opernstudio der Oper Köln, WDR Sinfonieorchester Köln, Gürzenich-Orchester Köln
Kölner Philharmonie

Ensemble und Internationales Opernstudio der Oper Köln

WDR Sinfonieorchester Köln

Gürzenich-Orchester Köln

Deutscher Dirigentenpreis
Finalkonzert

Namhafte Wettbewerbe für junge Musiker gibt es viele, aber nur wenige für Dirigenten. Der Deutsche Dirigentenpreis wird 2017 erstmals vergeben und soll als Sprungbrett für große Karrieren dienen. Denn den Preisträgern winken nicht nur hohe Preisgelder, sondern auch Konzert-Engagements und Assistenzen bei deutschen Orchestern und an Opernhäusern. Durch die Nachwuchsförderung wird ein wichtiger Beitrag für die von der UNESCO-Kommission als immaterielles Weltkulturerbe ausgezeichnete deutsche Orchester- und Theaterlandschaft geleistet.

2 Pausen | Ende gegen 22:45

Das Konzert im Radio: WDR 3 live

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6

 

レンタル掲示板
/15