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ローランド・ヴィアッソン

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 4月24日(月)04時20分16秒
  ケルンの図書館は凄いよ。明日ローランド・ヴィアッソンが来る!

http://www.stadt-koeln.de/leben-in-koeln/freizeit-natur-sport/veranstaltungskalender/rolando-villazon-lebenskuenstler

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290. ブンデス・ユーゲント・オーケスター、4月21日

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 4月22日(土)17時56分42秒
  その前にケルンの図書館に入る。ポスター見ると間もなくあのなんとスター歌手のローランド・ヴィアッソンが図書館に来てインタビューに答えるそうだ!4階にピアノがあるが歌うどうかは未定。彼は数年前に声壊して最近はオペラであんまり歌えないのでヨーロッパ各地でオペラの演出を手掛けている。TVによく出て来るが英語、スペイン語、イタリア語、フランス語、ドイツ語等が訛りなく完璧なので、良くクラシック番組の司会をやっている。今回デュッセルドルフの「ドン・パスクアーレ」の新演出のためにNRWに滞在しているので簡単に呼べるわけだ。クラシック音楽鑑賞会で我慢しなければならない予算の極端に乏しい日本の図書館では考えられない。

今年がイサン・ユンの生誕100周年記念年であることは最近になって知った。同じ日に知った嵐野英彦死の死去と重なり何か言葉に表せない厳しさと怖さの共通点を感じる。自分がプフォルツハイムの講習会の呼ばれた時はもう優しい東洋のおじいちゃんだった。最初ドイツ語で喋り合っていたが、後半からは閊えるドイツ語よりも日本語のほうが楽なのか完璧な日本語になってしまった。

最初の曲「レアク」は彼の膨大な文献にあるように良くその終わり方が話題になる。初演のドナウエッシンゲンのディレクターに最近の現代音楽は皆静かに終わって困ると言われてffffで終わるようにした作品は、同じ話を例の1990年のプフォルツハイムのペンクラブの講習会でも聴かされた。今まで機会あるごとに録音でしか聴いたことがないので生は今回が初めてで、予め1987年にラッヘンマンと初めてドナウエッシンゲンに行って買ったそのスコアを眺めていたがやはり実際に生で楽譜無しで聴いた方が曲の構造が良く解る。こうなるのは学生時代に聴音アナリーゼを良く受けたのでそういう能力なのかよくわからないが、耳で聴くとすぐそのスコアの風景が見る事よりも現実に思い出される。

これを聴いてわかるのは後期の新ベートーヴェン主義に繋がる動機展開の仕方が良く解るという点だ。ウェーベルンのように動機の逆行などの組み合わせも入っていることが良く認識される。録音で聴いたときはこの時代はそんなに鳴らない音楽と持っていたが後期の5つの交響曲ほどではなくともそうでもないらしい。3管編成だが16型でやっているので弦が充実している。

雅楽みたいな笙風の和音は絶対に朝鮮半島の民族音楽から来ていることを再認識させる。4分の1音のグリッサンドも東洋のものだ。トロンボーンは2でチューバと組み合わせて3管としているが、この管弦楽法はユンが講習会で提案した編成と同じで何かの癖らしい。どちらかと言うとベートーヴェンの動機展開主義ではなくて新民族主義とでもいうべきである。3本のオーボエのユニゾンも雅楽風である。同じモティーフの繰り返しはあるが離れていれば大丈夫と言うのは、1988年に一番初めにダルムシュタットに参加して知り合った大阪音大の教授がイサン・ユンにベルリンで習っていた時に、ラッヘンマンの一切の繰り返しの厳しい禁止に反論して言っていた言葉と同じである。我々はこの問題をシュパイアーの大聖堂に行く途中のバスの中で話し合った。

終わりはffffで吹いているはずではあるが木管なのでそう感じるわけではなくて意外とあっけなく終わる。16分23秒。

その後にベルリンフィルのように現代音楽のイサン・ユンを避けてわざと遅れて来る聴衆が入って来る。そのためにベルリン・フィルハーモニー・ザールでは良く演奏順を組み替えて最初にクラシックを最後の良く現代音楽を持ってくるがここではそうはしなかったのでちょっと失敗している。まあー、最初によく現代音楽聴かせるのはクラシックの後で聴衆を帰らせないで最後まで聴いてもらうためであるが!

モーツァルトは6・6・4・4・3でチェロ以外の奏者全員が立っている。ピチカートのバランスが小さいが弦は優秀である。このブンデスユーゲントオケは他のヨーロッパ室内やグスターフ・マーラー・ユーゲント、ユンゲ・ドイッチュなどとは違って音大以上だけではなく高校生でも東洋人でも上手いのは全部入れてしまうらしい。このオケを初めて聴いたのがフレアンクフルトのアルテオーパーで、シュトックハウゼンの指揮の講習会になってない作曲の講習から抜け出して、指揮はルドルフ・バルシャイで、ショクタコの4番でその上手さには感心したものだった。トゥッティも一緒に弾くゾリステンもオケのメンバーらしいが音の質と鋭さは一流。13分17秒、10分40秒、6分07秒。アンコールはモーツァルトのデュオB-Dur?から第二楽章。たった2人でも以外と聴きごたえのある曲になってる。

ラフマニノフは普通は行かない。何も革新性がないのでグラズノフと並ぶもう一人のロシアのブラームスみたいな感じの作曲家。せっかく弦がはっきりと動機を鳴らしているのにすぐに木管の吹き流しで消してしまうスタイルが嫌いだ!しかしこの弦は通常の放送オケやオペラのオケと違ってふくらみ度が全然違う。そこにブラームス的な地道な動機の展開をごちゃごちゃいじくる。このままプロオケとして外国に輸出したいところだが、ギャラが発生し、更に70%の補助金で食わせられる国はそうは無いのでそうは行かないので宝の持ち腐れだ。

ホルンの和音の膨らみはあたかもハリウッドの映画音楽の様に聴こえる。これも既成のプロ・オケにはできない芸当。それでもロシア音楽である限りグラズノフのようにチェレスタを多用し打楽器を加えて色彩的ではある。問題は何時もストラヴィンスキーのような革新性も欲しいとこである。WDRやギュツニッヒのように弦の高音も狭くはならないよその国のオケのようであるが、ドイツに置いてある限りトランペットもティンパニもコンバスの弓もドイツの物を使っている。とにかく弦が並外れて上手いので圧倒されてしまう。第二楽章はシベリウスのように中間部でプレストで突進し、第三楽章はコープランドのロデオのような西部劇のリズムに聴こえる。最後に管も強大な弦に支えられて凄く派手に終わる。何時もこのフィルハーモニーのコンサートが帰りの電車が出発する頃終わるようにわざと設定されている。41分。

21.04.2017 Freitag 20:00 Uhr
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L. Ferschtman, N. Mönkemeyer, Bundesjugendorchester, L. McFall: Mozart, Rachmaninow, Yun
Kölner Philharmonie

Liza Ferschtman Violine
Nils Mönkemeyer Viola

Bundesjugendorchester
Leo McFall Dirigent

Isang Yun
Muak (1978)
Tänzerische Fantasie für großes Orchester

Wolfgang Amadeus Mozart
Sinfonia concertante Es-Dur KV 364 (320d) (1779?80)
für Violine, Viola und Orchester

Pause

Sergej Rachmaninow
Sinfonie Nr. 3 a-Moll op. 44 (1935/36)

Pause gegen 20:55 | Ende gegen 22:00

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作曲家・編曲家の嵐野英彦

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 4月21日(金)19時52分17秒
  訃報:作曲家・編曲家の嵐野英彦さんが、2016年10月14日に逝去されました。《TV AGE》シリーズでは、「スキャット、ボッサ&シンギング・インストゥルメンタル~嵐野英彦CM WORK」を発売させていただきました。ご逝去を悼み、謹んでお悔やみ申しあげます。

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マンフレッド・ユング

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 4月19日(水)15時37分28秒
  60年、70年代のワーグナー・テノールのマンフレッド・ユングが死去!

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189. メンデルスゾーン版のマタイ受難曲、WDRケルン、4月7日

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 4月 9日(日)04時02分18秒
  バッハのこの名作の生はまだ一回しか行ったことがない。それもドイツではなくてスペインのムルシアの大学音楽祭に夫婦で飛行機で招待された際の無料の券だが、演奏はアマチュアでアムステルダム大学の演奏だった。それでも正式で演奏時間はたっぷり3時間超えてたが、あらかじめ知っていたし連れにも予告していたので辛さも覚悟済で何とか乗り越えることができた。

その後のドイツでは行ったことがない。誰でも学生でさえもやるし、何処でもやるので希少価値を感じない。

今回のWDRのプロダクションはメンデルスゾーンの編曲版だということで特別に行くことにした。解説は無いがTVカメラも入っているし放送局もかなり力を入れてプロダクションしている。ベーレンライターの楽譜で指揮のパークマンはここの放送合唱団の常任で、一昨年もヘンデルの「メサイヤ」でもクラリネットの入ったモーツァルト版を年末に演奏している。

コントラバスは各1ずつで、弦の大きさは1組6・4・3・2・のステレオ・オーケストラになり、2重合唱も取り入れてシュトックハウゼンの「グルッペン」の先駆的な音楽の一つになる。プロテスタント教会では受難説にはカンタータができないからこの季節は毎年何処でも受難曲だらけになる。来週の聖金曜日はギュルツニッヒの「ヨハネ受難曲」もある。第一管弦楽にはクラリネット2が入っていてバセットホルンと持ち替えている。ポシティーヴ・オルガンは中央の1つだけで通奏低音のファゴットが全くない。

曲はかなり速めに始まる。ピリオド奏法ではなくてほとんど現代奏法。まあー、ロマン派の編曲なので古楽にする意味がない。歌よりも小型オーケストラの伴奏がかなり強く響く。ソリスデン達は合唱の部分も一時歌う。やはりクラリネットが合唱のトゥッティで入って来るのはモーツァルトのメサイヤの様に奇妙だ。多くは第一オケだけの伴奏で進行する。

通奏低音はもっぱら第一オケでコンバスとチェロの重音によりガンバのようなアコードを何時も作る。この場合は指揮者が入りだけを与えて指揮しない。指揮するのが弦全体の伸ばしの和音があるときのみである。プロテスタントの教会よりも客の入りが良く神は特に信じないがバッハは絶対信じる様な聴衆で埋め尽くされている。ソリストたちはオケの中に散らばって歌い、時々合唱団員からも臨時のソリストが出てドゥラマトウロギーの役を果たす。

途中がかなり省略されて第一部56分25秒。

絶対的にオペラの演出法を強く意識した配置。第二部もカットが多い。ソプラノとチェロとヴァイオリン都のアリアはテンポとリズムが良く合わない。通奏低音のアコードも芳しくない。無理して重音ばかり弾かせているからか?指揮者がほとんど指揮しないのが原因らしい。

今回の放送合唱団の女性が男性よりも多いにもかかわらず弱い。それはソリストにも言える。この編曲版にもウェーベルンのバッハの「リチェルカーレ」のような新鮮さはモーツァルト同様に見られない。62分00秒。

07.04.2017 Freitag 19:00 Uhr
Karten bestellen
Matthäuspassion.
S. Rubens, I. Danz, J. Dürmüller, C. Immler, S. Wartig, WDR Rundfunkchor Köln, R. Blank, WDR Sinfonieorchester Köln, S. Parkman: Bach
Kölner Philharmonie

Sibylla Rubens Sopran
Ingeborg Danz Alt
Jörg Dürmüller Tenor
Christian Immler Bass (Arien)
Sebastian Wartig Bass (Christusworte)

WDR Rundfunkchor Köln
Robert Blank Einstudierung

WDR Sinfonieorchester Köln
Stefan Parkman Dirigent

Matthäuspassion

Johann Sebastian Bach
Matthäuspassion BWV 244 (1736)
Passion für Soli, zwei Chöre und Orchester. Text von Christian Friedrich Henrici-Picander

Fassung und Bearbeitung von Felix Mendelssohn Bartholdy, Leipzig 1841

Pause gegen 20:00 | Ende gegen 21:25

Das Konzert im Radio: Freitag 14.04.2017, WDR 3, 15:05 - 17:30

Website des Veranstalters:
Westdeutscher Rundfunk Köln

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288. ボンの「コジ・ファン・トゥッテ」

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 4月 2日(日)05時44分17秒
  COSI FAN TUTTE、3月31日

このオペラはもうウィーン時代から聴き疲れたが、それでも何かしらの新しい発見があるのは、そのオペラの複雑性とその膨大性であろう。学生時代からピアノ伴奏や指揮法でしょっちゅう教材に出されるが極めきれ無いのはその3時間と言う音楽の巨大性である。
しかしあの「皇帝ティトウスの慈悲」を除いて「後宮からの誘拐」以降のオペラ群ではもっとの変化に乏しい地道な作品である。

幕が無く最初から舞台が見えていて序曲の間にせわしく演技が始まっている。ウィーンのような背景にナポリの明るい海は無いが大きな大邸宅の大広間である。この地方で覚えているのは20年以上も前に学生券で入ったケルンの「コジ・ファン・トゥッテ」の舞台である。今回はピットの上に舞台の張り出しがありかなり演奏に邪魔そう。幾分早めのテンポでピリオド奏法であるが、一昨日の「ジュリアス・シーザー」よりも古楽風に聴こえる。ティンパニがリンガーの手締め、トランペットは現代のピストンだが大きく出させて割るとちゃんと古楽仕様に聴こえて来る。

デュッセルドルフほど酷くはなくとも、主役の2人の女主人公の立ち上がりが完全な100%の音程とは言えなくとも徐々に精度を上げていく。一昨日歌った韓国人も同じ歌手だが今回だけちょっと立ち上がりが遅かった。男性陣の2人はアインザッツの間違いか一時同時に歌いだしてしまった。しかしすぐに元に戻り何事もなかったように続ける。総じて歌手陣は皆激しい声でドルチェと言うよりもヴェルディ用のスピントの配役と間違えそうな強靭な声の連続だった。

10分ぐらい軍隊の行進の部分をカット。合唱が少ししか出て来ないので予算削減で全面的に省略したようだ。音楽的にはかなり失望してしまう。その後2人の色男を舞台の裏で歌わせるのでかなり聴こえない。またアリアが終わらぬうちにすぐにレチタティーヴォに繋げてしまう。アップラウザとイタリア語で拍手を要求するが、そういう言語も少し知ってないとこれは楽しめない仕組みにっている。レチタレィーヴォ中に中断し長いオケ合わせ!このような女の口説きの心理オペラはワーグナーのそれと同じなのでたっぷり3時間かけないとどうしても心の経緯が充足しない!突如伴奏無しのドイツ語になりお笑いをさらに加速。ドイツ語の台詞が続き字幕にあべこべにイタリア語が表示される。それが終わるとすぐに第一幕のフィナーレ。

デスピーナの潰れた医者に化けた声は優秀。治療の磁石の後も痙攣が残る。ファッチアーモ・パウザ!ここもイタリア語知ってないと楽しめない。83分20秒。

こういうオペラは何回も自分も劇場を替え、演出を替え、歌手を替え、指揮者を替え31年かけて徐々に解り、少しづつ楽しんだものだ。学生時代試験で伴奏したことがあるデスピーナのアリアはカデンツをいっぱいつける。2人の男主役の操り人形。シュプリッヒ・デュを何回も繰り返しレチタテイーヴォが進まない。

逆カンデンツがあるソプラノのアリアは韓国人が十分に歌いつくす。その後にワインを彼氏に引っかける。オケに対して声が大きすぎる。その後の男のアリアはティンパニが入らない。指揮者が慌てて見るのでミスである。そのあと良く曲を中断させて演技を優先させる。又兵隊の合唱は来ない!1時オケの代わりにピアノフォルテでオケの伴奏を全部弾く。結局6人の主役だけの全舞台。77分20秒。


12 Feb
18:00 H

18 Feb
19:30 H

18 Mrz
19:30 H

25 Mrz
19:30 H

31 Mrz
19:30 H
Opernhaus
Wolfgang Amadé Mozart
Dramma Giocoso in zwei Akten
von Lorenzo Da Ponte
In italienischer Sprache mit deutschen Übertiteln
Drei Männer wetten: Der lebenserfahrene Don Alfonso ist von der Untreue der Frauen überzeugt, die jüngeren Ferrando und Guglielmo glauben so fest an die Treue ihrer Bräute Dorabella und Fiordiligi, dass sie sich auf ein gefährliches Spiel einlassen: Die beiden jungen Männer täuschen eine Kriegseinberufung vor, kehren verkleidet zurück und werben überkreuz um die Gunst der jeweils anderen Frau. Natürlich unterliegen die Frauen den ?falschen? Geliebten denn: ?Così fan tutte ? so machen’s alle!? Und wenn sich am Schluss die ?richtigen? Paare wieder finden, bleibt doch die Ungewissheit, ob die ?falschen? Paare nicht die ?richtigen? gewesen wären.
COSÌ FAN TUTTE ist eine psychologische Versuchsanordnung, eine Studie über verborgene Erwartungen und offene Enttäuschungen, Zynismus und Verbitterung. Stringent, witzig und ironisch demonstrieren Mozart und sein Librettist da Ponte die großen Themen um Liebe, Verführbarkeit und Treue. Die polierte Oberfläche der Heiterkeit zeigt jedoch Risse.
Hinweis |?Auch bei ausverkauften Veranstaltungen besteht die Möglichkeit auf Restkarten an der Abendkasse.
Besetzung
Fiordiligi?-?Sumi Hwang
Dorabella?-?Kathrin Leidig
Despina?-?Susanne Blattert
Guglielmo?-?Giorgos Kanaris
Ferrando, Offizier?-?Christian Georg
Don Alfonso?-?Priit Volmer
Constanza, donna delle pulizie?- Volker Hoeschel
Statisterie des Theater Bonn
Beethoven Orchester Bonn
Musikalische Leitung: Stephan Zilias
Inszenierung: Dietrich W. Hilsdorf
Spielleitung:?Alexander Grün
Abendspielleitung: Mark Daniel Hirsch
Bühne: Dieter Richter
Kostüme: Renate Schmitzer
Licht: Thomas Roscher
Bühnenbildassistenz: Ansgar Baradoy
Inspizienz:?Tilla Foljanty
Sprachcoaching:?Teresa Picasso Menck
Aufführungsdauer: ca. 3 Std. inkl. 1 Pause

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287. ヘンデルの「ジュリアス・シーザー」演奏会形式、

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 3月30日(木)19時38分31秒
  GIULIO CESARE IN EGITTO [KONZERTANT]、ボン3月29日。

今日はヘンデルの「ジュリアス・シーザー」演奏会形式1曲だけ。自分はデュッセルドルフに続いて2回目だが財政難でコンツェルタントはとても寂しい。それでも舞台の飾りつけが幻灯機などで工夫してるようだが普通3回で落ちるとこ計全5回の公演である。

ヘンデルのオペラはあの膨大な傑作オラトリオ群全25曲よりも多い、倍近くの42曲を残している。チェンバロなどの室内器楽曲が少ない分生涯の時間の多くを対策に注ぎ込んでいるのは現代のハンス・ウェルナー・ヘンツェに似ている。それにもかかわらずオラトリオよりは上演回数がかなり少ない。その中で「ジュリアス・シーザー」は中期の代表作と言うべき1724年に初演された作品であるが、名前だけは昔の名曲解説全集時代から知っていても音楽になじみがない。

この曲を聴いて辛いのはシューマンのような管弦楽法的な色彩の問題であろう。バッハと同じく当時は管弦楽法と言う概念は無かったのではあるが、ロマン派・近代を通り非常に越えた現代の耳で聴くと地味な色彩感はとても辛い。それでも音の小さすぎるチェンバロやリュートは指揮者の傍の一番前に配置。弦はコンバス2、チェロ3なので、恐らく6,5,4,3,2であろうが、ヴィブラート付けない割には余りピリオドの音はしない。ホルンが自然の楽器ではなくて高音が難しいせいか現代のそれを使うので中途半端。

シーザーはカウンター・テノールで歌わせるが禿なのでかっこよくはない。もう一人カウンター・テノールを起用しているがこちらはデュッセルドルフオペラのように発声途上で立ち上がりが非常に悪いが、徐々に回復して最後にはシーザーと対等に歌えるとこまで近づく。クレオパトラ役は韓国人だが、歌唱のみならず様子も大柄で色白でちょっと遠くから見ると東洋人だとは気づかない出来栄え。

レチタティーヴォは最初の入りだけでモーツァルトのオペラのように指揮はしない。勿論全曲イタリア語でドイツ語の字幕は付くが特に見ない。どういうわけか全員新人ばかりを集めたらしく1人も暗譜で歌う歌手はいない。数年前のデュッセルドルフの暗譜の舞台上演のメンバーは全てチリジリになってしまったらしい。

奏者のソロはオラトリオのように立たせる。このオペラはソリのトゥッティはあるのだが合唱が無いのが寂しい。途中でオケの第一奏者が更に一段上の舞台に上がり更にハープとヴィオラ・ダ・ガンバが加わる。ウィーンだと何時でも無理なく歌劇場の専属オケが練習無しでいきなり本番できるように、ビューネン・オケがウィー・ンフィルとは別に養成してあるのだが、ドイツの中小オケは予算削減のために自分で舞台裏まですべて奏さなければならない。Nr.27番まででいったん休憩前半。70分30秒。

後半はレチタティーヴォの後のヴァイオリン・ソロを探したがスコアには見当たらず、さらにリコーダー・ソロが加わってアリアが始まりテレマンの家庭音楽のような雰囲気になる。コロラトウーラはシチリア・バルトリほど正確でしつこくなくともまあーこの生の上演では許容できるレベルだ。カットが非常に多く後半60分42秒。オペラはやはり舞台に限る。絵があるととっつきやすさが桁違い。

01 Jan
19:00 H

07 Jan
19:30 H

28 Jan
19:30 H

29 Mrz
19:30 H

15 Apr
19:30 H

Georg Friedrich Händel
Dramma per musica in drei Akten
Libretto von Nicola Francesco Haym nach dem Libretto von Giacomo Francesco Bussani
in italienischer Sprache mit deutschen Übertiteln
Nach den rasant neubebilderten Szenen um das umkämpfte Jerusalem in RINALDO geht die Bonner Oper mit Georg Friedrich Händel historisch um tausend Jahre zurück, aber nur vergleichsweise wenige Kilometer weiter südöstlich: Bis ins ägyptische Alexandria hat Julius Cäsar seinen geschlagenen politischen Gegner Pompejus verfolgt. Um sich bei Cäsar beliebt zu machen, lässt der ägyptische Herrscher Ptolemäus ihm das abgeschlagene Haupt des Pompejus als Gastgeschenk überreichen. Pompejus’ Gattin und Sohn schwören Rache für den Ermordeten. Kleopatra, Schwester des Ptolemäus und Mitregentin, will den Thron für sich allein haben. Mit ihren Reizen versteht sie es, Cäsar auf ihre Seite zu ziehen. Was ja nicht nur Freunde der barocken Oper oder des opulenten Hollywood-Schinkens aus erster Hand wissen, sondern vor allem natürlich die ergebenen Asterix-Leser unter den Opernliebhabern.
Eine berühmte Episode der Weltgeschichte hat Händel als Stoff für seine 1723 komponierte und ein Jahr später am King’s Theatre, Haymarket, London, uraufgeführte Oper gewählt, in der Privates und Politisches unentwirrbar miteinander verwoben sind. Das gesamte Spektrum barocker Arientypen, ausdrucksstarke Rezitative und die Farbigkeit eines reichen Instrumentariums verleihen diesem Stück seine herausragende Stellung innerhalb der Barockopern.
Mit GIULIO CESARE IN EGITTO setzt das Haus nicht nur einerseits die beliebte Reihe mit Aufführungen von Werken Händels fort, sondern bereichert nach Bizets PERLENFISCHERN und Piazzollas MARÍA DE BUENOS AIRES auch die Folge der konzertanten Opern mit der bislang ausgesparten Farbe des Barock. Mit Wolfgang Katschner kehrt der gefeierte Leiter der Erfolgsproduktion RINALDO ans Pult im Bonner Opernhaus zurück.
Besetzung
Gaius Iulius Caesar - Terry Wey
Curio - Daniel Pannermayr
Cornelia - Ceri Williams
Sextus Pompeius - Kathrin Leidig
Cleopatra?- Sumi Hwang?[P]
Ptolemaeus -?Owen Willets
Achillas -?Giorgos Kanaris
Nirenus -?Manon Blanc-Delsalle* [P] / Susanne Blattert [28.1.]
*Student/in im Rahmen der Kooperation mit der HfMT Köln
Beethoven Orchester Bonn?
Musikalische Leitung: Wolfgang Katschner
Licht:?Friedel Grass
Inspizienz:?Tilla Foljanty
Sprachcoaching:?Teresa Picasso-Menck
Cembalo: Gerd Amelung

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ライナー・クスマウル

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 3月29日(水)04時09分23秒
  元ベルリンフィルのコンマス:ライナー・クスマウルが死去。

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286. Der Revisor検察官

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 3月25日(土)05時04分12秒
  (戯曲、1836年。日本語題名『査察官』とも)
まず何時ものように12時半からのギュルツニッヒのプローベに行く。マルクス・ステンツが1時戻って来てウォルトンの第一交響曲を抜粋して見せる。この曲はめったに演奏されにくいようで意外と親しい。昔ノリントン指揮のシュトットガルト放送響の放送局で3時間にわたりプローベを見せてもらったのでかなり頭に入っている。先週のエルガーの1番と合わせてイギリスの第一交響曲の連続演奏が続く。

最終楽章に2組のティンパニが入っているのがニールセンの4番と似ている。今回もWDRの首席ティンパニを第二奏者として借り出している。まず指揮者はなぜこの無名な曲をやるのかパトリック・ハーンに聞かれる。好奇心と答える。理性的な音楽とも表現する。第一楽章のフガート風の入りが懐かしい。シベリウスの4番のようなどす黒いチェロの低音も飛び出す。ホルストの「惑星」の「火星」風のオスティナートは全楽章を支配。2楽章割愛して3楽章はメランコリッシュと指揮者が説明。4楽章はオプティミスムスと言う。又フガート風になり2人のティンパニのクライマックスを経て静かに終わる。

ohrenauf!-Schulkonzert03.
Gürzenich-Orchester Köln, M. Stenz: Walton
Kölner Philharmonie

Gürzenich-Orchester Köln
Markus Stenz Dirigent und Moderation

ohrenauf!-Schulkonzert03

William Walton
Sinfonie Nr. 1 b-Moll (1931?35)

Für Grundschulklassen
keine Pause | Ende gegen 10:30

Kostenlose Begleiterkarte für Gruppen à 10 Schüler

Kartenverkauf nur über:
Kartenservice der Bühnen Köln
in den Opern Passagen
Montag bis Freitag: 10.00 - 18.00 Uhr
Samstag: 11.00 - 18.00 Uhr


Websites der Künstler:
Gürzenich-Orchester Köln
Website des Veranstalters:
Gürzenich-Orchester Köln
夜はコンサートもオペラもつまらないので演劇。作者のゴーゴルは我々ショスタコ・ファンには親しい。奇想天外の面白歌劇「鼻」の原作者である。客が遅れてきているので4分遅れで始まる。首をひねるとき奇怪な音が出るので壊れたのかとみんなが笑う。ロシア風のブラック・ユーモア。細かい音響効果が素晴らしい。2人のおとこおんなのギャグ芝居。その検察官はフィガロ、ファウスト、ノルマ、アンナ・カレーニナ、ドクトル・ジバゴの作者とウォットカを飲みながらホラ八百をこく。

昨日のTVで東ドイツの劇場の極右の圧力による外国人排斥のニュースを思い出す。そこにアメリカのMr.Presidentのやっていることが重なる。それでも舞台はズボン下げたり、桂取ったり、急所を蹴ったり、ロシア風の荒っぽい音楽と共に演じられる。更に缶ジュースを飲み、絵を盾に掛ける。

その後検察官は賄賂を全員から集める。最後にPanasonicならぬPanasonioのTVも受け取る。親子でパンツを脱がせて生殖の場面で娘も持って行こうとする。チャイコの1番を電気オルガンで。最後に検察官でないことがばれて終わる。2時間2分。
Komödie von Nikolai Gogol
Nächste Vorstellung23.03.
Gerade noch rechtzeitig ist es durchgesickert: Ein Revisor kommt! Groß ist die Angst, und auf Aufforderung des Bürgermeisters macht sich jeder sofort daran, in seinem Bereich zu vertuschen, was geht. Doch der zweite Schreck ist noch größer: Ein junger Mann wohnt seit zwei Wochen inkognito im Gasthaus, schaut den anderen auf den Teller und bezahlt die Rechnung nicht. Sofort wird der Unbekannte hofiert, bestochen und geschmiert, bis der falsche Revisor abreist und der echte sich ankündigt. Zwar spielt Gogols Komödie aus dem Jahr 1836 in einem russischen Provinznest, doch Korruption und Vetternwirtschaft haben die Jahrzehnte überlebt und finden sich auch heute sowohl bei den Großen wie FIFA und VW als auch bei den kleinen Fischen. Linus Tunström gehört zu den renommiertesten Theatermachern Skandinaviens. Der Intendant und Regisseur ist derzeit Mitglied der Theaterleitung des Stockholm Stadsteater und war mehrfach zum schwedischen Theatertreffen eingeladen.

Eine Produktion des Düsseldorfer Schauspielhauses im Austausch mit GESCHICHTEN AUS DEM WIENER WALD des Schauspiel Köln.


Besetzung
Anton Antonowitsch Dmuchanowskij, Bürgermeister
Thomas Wittmann
Anna Andrejewna, seine Gattin
Cathleen Baumann
Marja Antonowna, seine Tochter
Lieke Hoppe
Luka Lukitsch Ohlopow, Schulinspektor
Markus Danzeisen
Ammos Fjodorowitsch Ljapkin Tjapkin, Kreisrichter
Tabea Bettin
Artemij Filippowitsch Semljanika
Jan Maak
Iwan Kusmitsch Schpekin, Postmeister
André Willmund
Peter Iwanowitsch Dobtschinskij
Cennet Rüya Voß
Peter Iwanowitsch Bobtschinskij
Christof Seeger?Zurmühlen
Chlestakow, ein Petersburger Beamter
Moritz Führmann
Swistunow, Polizist/ Der Kellner des Gasthofes
Daniel Fries
?
Regie
Linus Tunström
Bühne und Kostüm
Alissa Kolbusch
Musik
Rikard Borggård
Dramaturgie
Felicitas Zürcher, Armin Kerber
Licht
Christian Schmidt
Kommentare
Premiere am 10. Januar 2017
Vorstellungen
Do 23.03.2017
19.30 - 21.30
Depot 1

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285.ノリントンのエルガーの1番 ケルンGO3月14日

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 3月16日(木)05時40分26秒
  何時もの様に1時間前に解説があるが肝心の話好きの本人は出て来ない。音楽評論家みたいな音楽学者みたいなここのホール気付けの人が出て来てマーラー的だのブルックナー的だのエルガーの1番についてとにかく50分かかる曲なので話し込む。

それとブラ―ムスのヴァイオリン協奏曲につての関連。ピアノ協奏曲同様ヴァイオルン付きの交響曲とするがすぐに取り消す。今回のカデンツァは何時もの様にヨアヒムのカデンツァ。しかしそれでは面白くないので録音でカイザーのカデンツァと聴き比べてみる。演奏はパールマン、ジリーニ、シカゴ響とファウスト、ハーディング、ヨーロッパ室内。更に序奏も聴き比べてみる。まあー、違う。その他クライスラー、オイストラフ、レオ・フリード、SKBと行く。フーバーマンと最晩年のブラームスの1896の出会いとヴァイオリンとオーケストラのための「幻想曲」の約束。今夜の演奏はピリオドであるが当時のヨアヒムは散々ヴィブラートかけまくって不評であったことなども話す。

またエルガーに戻って有名過ぎる威風堂々第一番を流す。エルガーが音大によらない独学者であったことを紹介、1899年のエニグマ変奏曲との関連を示すがどうしても同世代のマーラーと関連付けたいらしい。

本番になるとノリントンが出て来るがもう椅子に座っている。ヴィブラート付けないので音は弱いがそれでも12型入れているので管楽器とは釣り合う。フランチェスカ・デゴは初めて聞くイタリア人であるがもうDGからCDが出ている。かなりのテヌートとルバートで歌謡の様に演奏する。21分48秒。2楽章はノリントンが2拍子で指揮するからかなり速くなる。8分07秒。終楽章も早い8分00秒。計37分55秒。デゴのスカートが長すぎて階段に引っかかって出られない。アンコールはパガニーニか、ディエス・イレエが出て来るやつ。ヴァイオリンの音質が最高、こういう音は多分ストラジヴァリだと思う。ノリントンはふざけているが出入りの足腰が弱すぎる。

後半のエルガーの1番はシュトットガルトと同じように指揮者による長々と解説が入る。だから1時間前の解説に出て来なかったのだ。ほぼ同じ解説をSWR2のラジオでも聴いた。ベート―ヴェンもブラームスもいいがエルガーもいいではないかと言う言葉が当時印象的だったが、この指揮者どうしてもエルガーの交響曲もブラームスと同じ傑作群にしたいわけだ。フルよりも少し小さい3管14型のオケはシュトットガルト放送響と同じ音がする。当時は序奏がヴェルディの「シモン・ボッカネグラ」や「アイーダ」前奏曲に見られるような安らぎから出発するが、単純なせいかもうこの物語には感動しなくなってしまった。

弦楽器群の構造が協奏曲並みに複雑で休みが無く特に内声、チェロとヴィオラの活躍が目立つ。ヴィブラートをかけないのでどれだけ合っているかは不明だが何時ものバカ鳴りが耳をつんざく。木管楽器も意外と合うまでに時間がかかる。また第一楽章終わると聴衆が拍手。指揮者が調子に乗って「1920年以降いつもこうだった」と笑わせこの曲への賛辞を絶やさない。休み無しで第三楽章。最後のデジャブは意外と対旋律が邪魔をして安らぎが戻ってこない。

この曲がなぜブラームスよりも評価されないのかはこうやって比較されると良く解る。ブラームスのほうが構成的に遥かに優れているのだ。更にブラームス以上に音楽史を更新しなかった印象派に入れられてもロマンティックな曲。普段の演奏よりもちっと早く52分。

14.03.2017 Dienstag 20:00 Uhr
Vergangene Veranstaltung
F. Dego, Gürzenich-Orchester Köln, R. Norrington: Brahms, Elgar
Kölner Philharmonie

Francesca Dego Violine

Gürzenich-Orchester Köln
Sir Roger Norrington Dirigent

Johannes Brahms
Konzert für Violine und Orchester D-Dur op. 77 (1878)

Pause

Edward Elgar
Sinfonie Nr. 1 As-Dur op. 55 (1907/08)

Pause gegen 20:45 | Ende gegen 22:00
19:00 Uhr, Empore : Einführung in das Konzert
Eintritt nur mit gültiger Konzertkarte


Website des Veranstalters:
Gürzenich-Orchester Köln

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6

 

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