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302. GO チャイコの4番、6月20日、ケルン

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 6月21日(水)20時39分47秒
  まずは1時間前の解説から。音例から始める。プロコフィエフのヘブライの主題による序曲。これはその室内楽版が良くラジオで流されるがオケ版があったのが今回のちょっとした発見。シカゴの委嘱オペラの「3つのオレンジへの恋」が指揮者の死で中止になり代わりにユダヤ協会から委嘱があった曲でヘブライのメロディーを使うように強要されるが本人は嫌がって自作にユダヤ風メロディーにすり替え。

次はエルネスト・ブロッホでありふれた「シェロモ」のユダヤ音楽が続く。ダヴィデの子の「ソロモン」であるが正妻が700人、複妻が300人いて合計1000人の妻たちに囲まれていたと会場を沸かせる。その当時の楽器の原始的なシューファーの音を聴かせる。

最期にチャイコの4番は今更言うまでもない。1877年はチャイコ?の自殺未遂の年。生まれながらのホモである運命の人生。ファンファーレを聴く。続いて第一主題はシベリウスの先駆者の「悲しきワルツ」。何時も下降形のゼクエンツが特徴的で鬱病に悩まされた結果できた音楽。これだけで30分の説明が過ぎてパトリック・ハーンが時間だからやめろと言っている。しかしたくさん用意してきたらしく、次に第二主題と小結尾。展開部は劇的な戦い。結局第一楽章までで終わって40分かかった。

実際のプロコフィエフの演奏はどこでもあるユダヤ音楽のマンネリ化。やっぱりオーケストラ版はあるらしい。フルートとコントラバスを数オクターブで重ねるなどやっぱりプロコフィエフそのもの。普通の古典的2管編成にピアノと太鼓が付く。ティンパニなし。指揮はチェリビダッケから影響を受けたバレンボイムのコピー。約6分。

次のブロッホもマンネリ化してる。第三トランペットの引退した爺さんが出て来る。エキストラを使わない工夫である。3管14型、ハープ2、チェレスタのスイス音楽のユダヤ音楽はロシア人がロシア音楽、フランス人がフランス音楽するように当たり前臭くてちっとも新鮮味がない。それでもフルートとトランペットの低音ユニゾンは管弦楽法上少し面白い。E・インバルのような死に物狂いの指揮。約21分。アンコールはサン・サーンスの「白鳥」。

隣のお姉ちゃんがロシア語で煩い。前回の男の英語のイギリス人の2人組は今回も常連らしい。こんなに頻繁に来られるのは平均20ユーロと言うチケットの安さであろう。これで3晩やるので2000X3で毎回6000人の聴衆の需要があることになる。事実ほぼ埋まっている。

ホルンは指揮が力み過ぎて精度が落ちる。トランペットは成功だが弱い。余り弦の固さは抜けない。TVカメラは今回も入っているがWDRではなくてメトやBPのようにネット配信の為らしい。18分14秒。

多分ドイツオーボエ、柔軟性がない。煩く固く出る。チェロは何と印象がない事か?ヴィオラのほうが今回は優秀。9分38秒。

トリオもやはり遅め。木管楽器のロマンさはユダヤ的に流れが悪くなってゴロゴロしてる。トランペットが幾分消極的。スコア見てるとあまり気が付かないが、日本人のピッコロはこの楽章から入るのが確認。指揮を止めるとリズムとテンポの精度が落ちる。5分55秒。

やかましいのは良いが、その後のロシア民謡は消極的であまり聴こえない。コーダのトロンボーン+チューバとたった2本のトランペットの対等の強弱バランスはどうしても必要。弦はもっと合わないと!8分44秒。



20.06.2017 Dienstag 20:00 Uhr
Karten bestellen
N. Altstaedt, Gürzenich-Orchester Köln, L. Shani: Bloch, Prokofjew, Tschaikowsky
Kölner Philharmonie

Nicolas Altstaedt Violoncello

Gürzenich-Orchester Köln
Lahav Shani Dirigent

Sergej Prokofjew
Ouvertüre über hebräische Themen c-Moll op. 34b (1919)
für Klarinette, zwei Violinen, Viola, Violoncello und Klavier. Fassung für kleines Orchester (1934)

Ernest Bloch
Schelomo (1916)
Hebräische Rhapsodie für Violoncello und Orchester

Pause

Peter Iljitsch Tschaikowsky
Sinfonie Nr. 4 f-Moll op. 36 ČS 24 (1876/77)

Pause gegen 20:40 | Ende gegen 21:50

Das heutige Konzert wird im Rahmen von GO PLUS aufgezeichnet. Der Video- und Audiomitschnitt ist in einigen Wochen auf der Homepage des Gürzenich-Orchesters unter www.guerzenich-orchester.de/go-plus verfügbar.
19:00 Uhr, Empore : Einführung in das Konzert
Eintritt nur mit gültiger Konzertkarte


Website des Veranstalters:
Gürzenich-Orchester Köln

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6

 
 

内部告発!

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 6月16日(金)05時52分36秒
   「メッセンジャーを殺すな」という格言が欧米にある。悪い知らせを携えてきた人がいる。どんなに耳の痛い内容であっても、それを伝えてくれた人を非難したり、邪険にしたりしてはいけないとの戒めである▼古代ローマ時代、ある王が敵の接近を知らせてくれた男の首をはねてしまったという故事もある(『プルターク英雄伝』ログイン前の続き)。悪い話をメッセンジャーごと消してしまおうとする姿勢は、いまの安倍晋三政権にもうかがえないか▼加計学園問題を告発した官僚OBには、人格攻撃を見舞った。「行政がゆがめられた」という彼の指摘を受け止めて、すぐに調査し説明すべきだったのに。「共謀罪」法案に懸念を表明した国連の専門家には、抗議をもって応じた。疑問に丁寧に答えればよかったのに▼そして、与党による力ずくの国会運営である。共謀罪の捜査が心の中にまで踏み込んでくる危険はないか。権力に都合の悪い活動も捜査の対象になるのでは。そんな不安を代弁して、問いただすはずの国会議員も、ないがしろにされた▼国会閉幕を急いでまで首相が聞きたくなかったのは、加計学園をめぐり「政府を私物化したのではないか」との指摘か。よほどの緊急事態だったのだろう▼故事によれば、メッセンジャーを殺害した王にはその後、誰も何も報告しなくなる。王のご機嫌を取り、敵の将軍を笑いものにするような人たちばかりが周りに残った。その間に戦況は悪化の一途をたどったというのが、歴史の教えである。

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6

 

死んだ!

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 6月16日(金)04時48分2秒
  今ラジオで面白い事言ってる。

ニーチェ:神は死んだ!

ブーレーズ:シェーンベルクは死んだ!

ラッヘンマン:音楽は死んだ!


http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6

 

イルジ・ビエロフラーヴェック

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 6月 4日(日)03時33分20秒
  指揮者のイルジ・ビエロフラーヴェックが死んでいた。東京で第九歌ったことがある。ご褒美に日本フィルの定期のただ券貰ってドヴォルザークの6番の交響曲聴いたことがある。棒がはっきりしてていい指揮者だった!                         https://en.wikipedia.org/wiki/Ji%C5%99%C3%AD_B%C4%9Blohl%C3%A1vek

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6

 

ジェフリー・テイト

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 6月 3日(土)03時17分14秒
  バーンスタインが彼の「ばらの騎士」を見てひれ伏したというイギリスの指揮者のジェフリー・テイトがイタリアのベルガモで死去。74歳。ホモでケルンのワーグナーのリングは最強の演奏だったね。

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6

 

301. ヤナーチェク、ベートーヴェンGO、5月30日 ケルン

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 5月31日(水)19時50分21秒
  何時ものように7時からレクチャー。年寄がボケ防止に毎回立ち見まで出るほど集まって来る。司会は大学出たてのような若い音楽評論家で担当に見た目に頼りないが、いやいや閊えもしないで喋るわ喋る。フィルハーモニー専属の評論家の訳が分かった。普段は新聞などに書いているので今回のコンサートに付いて批評するのは禁じられていると前置きして、まず代役のベルリン・フィルのオーボエのアルブレヒト・マイヤーを登場させる。始めアルソン・バルソムのトランペット協奏曲なのだが病気でキャンセルとか?実態は妊娠中で出産とのことだから病気ではない。

とにかく自分が最近発掘した誰も知らないハンガリーの作曲家のヒダシュ・フリジェシュのオーボエ協奏曲に付いて説明する。最初中国で演奏したらしい。どうして中国かは当時社会主義国で西側に出ずにハンガリー、ソヴィエト、中国と東回りで出回ったらしい。それを発掘してベリルンまで持って来た。そのコンサートの後でこの作曲家知っていると言うハンガリーのクラリネットの女性に会って話が繋がったらしい。ブダペストの音楽監督なので国内人には有名だったのだ。

第一楽章はマジャール語のように最初の細かいアクセントが付いて後に長い音が付くハンガリー的だと言う。それをBPに客演したハンガリー語訛りのイヴァン・フィッシャーに聞いたらしいが東フィル団員じゃなくとも木管奏者は世界中金管の次にアホを言うのでとにかく面白く聞ける。第二楽章は後期ロマン派、ショスタコーヴィッチやワーグナーを模索していると言う。第三楽章はタランテラとBPに客演したムーティが言ったそうだ!それで循環呼吸が必要だとかで簡単だと言って口から息を吐いて同時に鼻で息を吸う練習を会場の聴衆全員にやらせる。誰もできもしないでとにかく楽しめれば良いと言って去る。

ヤナーチェク、コサック隊である自分の2人の息子と自分のポーランドでの壮絶な死の物語。調性があるが印象主義のような近代音楽。各楽章のカギになる楽器。第一楽章:イングリュッシュホルンから始まるがオーボエ、第二楽章:クラリネットとポザウネ、第三楽章:ポザウネ。

ベト7、パトリオート、ナポレオンによる勝利。第一楽章の序奏はその評論家にとって序曲だとする。クライバーのバイエルン国立管弦楽団の音例。第二楽章長い2分音符と短い4分音符に繰り返しはミニマル音楽に繋がる。葬送曲はマーラーの先祖?

本番:オーボエ協奏曲は2022-2200、Hf ,Cel, ,Pk, Sch 3 ,14型。コダーイの様式である。最作曲。聴きやすい。オーボエはホリガーほど極端には吹かないが安定した音。第一楽章6分。第二楽章6分、第三楽章はタランテラよりもスペイン舞踊に様に聴こえる。8分。コダーイが作曲したら当然こうなると言う音楽。アンコールの前に何が美しいかわからないと客を笑わせる。バッハのカンタータからのシンフォニアらしい。弦は4型。

「タラス・ブールバ」16型。ロシアの指揮者なのでアインザッツが冷たくはっきりする。GOの悪い癖が直っている。ピッコロトランペットに持ち替えている。8分20秒。ロシア系はダイナミックのコントラスト度が違う。5分17秒。第一ヴァイオリンの高音も緊張・硬直しない。信用された音。クレッシェンドがロシア風に膨らむ。8分25秒。

ベト7.隣の客は英語を話す2人の男の旅行者。ケルンの観光産業が上手く行っている。ティンパニとトランペットは古い楽器を使う。ヴィブラート無し。10,10、6、6、4、でも弦のほうが音が大きい。完全にヴィブラートが無いのでトランペットと音色がマッチする。トランペットはサロネン風に劇的に良く割る。第一楽章は繰り返しなし。11分46秒。ppの降下が効果的にはっきり付く。8分35秒。第三楽章の前にオーボエがチューニング始める。何時も硬いティンパニの撥を変えないのは飽きが来る。スケルツォは第二トリオまで全部繰り返す。8分50秒。シングル手締めティンパニなので終楽章の前にFからEに締めなおすので時間がかかる。昔アバドWPの練習聴いたような耳に優しく健康的な音が欲しくなる。終楽章も全部繰り返す。やはりppに落ちるときに精密にはっきり音量を落とす。トランペットの長い音は常にクレッシェンドしてこの曲の物凄さを始終アピールする。8分50秒。予定通り10時に終わる。

菅野茂

30.05.2017 Dienstag 20:00 Uhr
Karten bestellen
A. Mayer, Gürzenich-Orchester Köln, I. Volkov: Beethoven, Hidas, Janáček
Kölner Philharmonie

Albrecht Mayer Oboe

Gürzenich-Orchester Köln
Ilan Volkov Dirigent

Frigyes Hidas
Konzert für Oboe und Orchester (1958)

Leoš Janáček
Taras Bulba JW VI/15 (1915?18)
Rhapsodie für Orchester nach einer Erzählung von Nikolaj Gogol'

Pause

Ludwig van Beethoven
Sinfonie Nr. 7 A-Dur op. 92 (1811?12)

Pause gegen 20:50 | Ende gegen 22:00

Die Trompeterin Alison Balsom muss aus gesundheitlichen Gründen ihre Auftritte mit dem Gürzenich-Orchester Köln absagen.
Wir danken Albrecht Mayer für die kurzfristige Übernahme der Konzerte und bitten für die Programmänderung um Verständnis.
19:00 Uhr, Empore : Einführung in das Konzert
Eintritt nur mit gültiger Konzertkarte


Website des Veranstalters:
Gürzenich-Orchester Köln

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6

 

300. 「ドン・パスクアーレ」Gaetano Donizetti

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 5月27日(土)19時54分21秒
  Don Pasquale, 26. Mai 2017, Opernhaus Düsseldorf

このオペラは元々知名度がかなりあり途上国の市町村の田舎オペラでさえすぐ良くかかり学校オペラでさえたまにやられているらしいが、生に接したのか今回が初めてだった。かの有名で声が出なくて歌えなくなったローランド・ヴィアッソンが演出するからである。ケルンの図書館にもゲストで来たとき時間が無く行かなかったが、更に首相候補のSPD(社民党)の党首まで呼んでTVで放送するケルンの市立図書館の格は凄い。

弦が徹底的に節約されて86543.煩いと言う意味もあるけど、ソリストに近いので音色的にとげとげしく生々しい音になリ反って歌を疎外しやすい。ホルンや木管が積極的に出て来ている。これはポプリの序曲ではいいが歌が加わった場合どうなるかはある程度解る。丁寧に仕上げてはいるが、このオペラのオケの不完全さは変わらない。単純に音のミスをするわけではないが、余り揃わなかったり、音程が余り合わなかったり、バランスがぎこちなかったりするのは何時ものことである。

舞台には普通の装置にモナリザは例外として女性の裸体の有名な絵画だらけ。みんな知っているので、見るだけでも綺麗だ。最初から声は出ているが音程は不完全のまま進行する。音全体はオケが中心に流れるが、かなりオケばっかり振りすぎている。変なコロラトゥーラ。弦は常に振られているのでしょっちゅう表面に出て来て鋭くよく合いきっていない。若干乱れるので何時もの悪い癖もまだ入っている。

登場人物はネクタイ・背広だが、時代様式との違和感は建物のせいで出て来ない。ボンなどと比べてそんなに良いエルネストだとは思わない。ヴィアッソンが直接出てきた方が良かったかも知れないし、それともこの時点で立ち上がりだけが悪いのか?今回はチェロだけが優秀。ソロもトゥッティも最高水準。今回は伝統的に中央にプロンプターを付けているが舞台の床の色と同じ色で低いので決して邪魔にならないし余り気が付かない。それでしてもかなり音程を外す歌手たちだが、ボンではほとんどお目にかからない。

舞台転換をしょっちゅうするのでオケは鳴り止むが客が話し始めるといけないので常に人物を登場させてほとんど声を出さないパンとマイムをさせ飽きない。ノリーナは「コジ」のデスピーナのような潰れた声を発さないのでちょっと残念。オペラ・ブッファなのでムンターとレジェーロのキャラクターがもっと欲しい。オケはいくら丁寧に弾いても声を考えて聴いていないのでffと書かれていたらクソ真面目にそのままやってしまうので相変わらず煩い。これに指揮者として注意すると譜面にそう書いてあるとすぐ言い訳するのがドイツの二流オケ。

インドの修行僧と思われるのが出て来て笑いを誘うが実は結婚証書を作るノタール。背が低いので東洋系と思われるが韓国人ではないようだ。45分02秒。

すぐに第二幕で舞台転換の間パントマイムをやっている。音楽無しの演劇。トランペットのソロも上手いがオケに隠れないでもっと表面に出て来ても良い。ノリーナはもっと下品に歌わないと後で立派なあばずれ女にはなれない。エルネストの高音がどうしても高い方に当たってしまう。舞台美術は治外法権。安っぽいコカ・コーラの看板が堂々と出て来てしまう。しょっちゅう中幕も入れて奥の舞台を転換してその前で演技だけをする。天井からは関係のなさそうな悪魔装束がしょっちゅう降りて来て劇の進行の邪魔をする。ノリ―ナがよく脱ぐがその都度ドン・パスクアーレの血圧がすぐ上がリ倒れそうになる。インドのみっともない修行僧が出て来て弁護士としてタイプライターで結婚証書を作成する。カラヤンのような素人演出ではあるが、初めてオペラを見る聴衆には優しくとても解り易い筋進行。正面の2人のコンマスが別々の譜面で弾いているのは、スコアには特に書いてないが、ソロが多すぎるためか?34分38秒。

第三幕までティンパニの消音する時の手で止める雑音が煩い。完全に止めない方が自然で良いのではないか?ノリーナがどんどん声の調子を上げて来た。スピントではあるがブッファではない。エルネストも同じ。しかし指揮者は歌よりもオケのほうを気にしすぎるのでもっと声に気を気を配ってもらいたい。給仕のローラースケートはバレエのセクシーなダンサーとも交差して喜歌劇の雰囲気をさらに盛り上げる。マラテスタも調子を上げたがどちらかと言うとテノールの声質である。終わりの早口の場面はロッシーニのように恐ろしく驚くほど速くしないと聴衆が音楽的な醍醐味を感じない。最後の黒人の悪魔が正体を現し美しい金髪の美女だったことをばらす。舞台転換でインドの僧が声の入った下手なガムランみたいな音楽をやる。44分43秒。

菅野茂

Fr 26.05.
19.30 - 22.15 Uhr
17,10 / 23,40 / 35,70 / 52,10 / 57,40 / 69,70 / 75,10 / 81,50 ?

Tagesbesetzung
Musikalische Leitung Nicholas Carter
Inszenierung Rolando Villazón
Bühne Johannes Leiacker
Kostüme Thibault Vancraenenbroeck
Licht Davy Cunningham
Chorleitung Gerhard Michalski
Dramaturgie Hella Bartnig
Don Pasquale Thorsten Grümbel
Doktor Malatesta Dmitri Vargin
Ernesto Ioan Hotea
Norina Elena Sancho Pereg
Notar Daniel Djambazian
Kunsträuber Susanne Preissler
Chor Chor der Deutschen Oper am Rhein
Orchester Düsseldorfer Symphoniker
Dauer: ca. 2 ? Stunden, eine Pause
Alter schützt vor Torheit nicht. In dieser Quintessenz ist die Geschichte von Don Pasquale keineswegs ein Einzelfall. Schon die Commedia dell’arte, die alte italienische Stegreifkomödie, nahm den Typ des eitlen, verblendeten oder sich selbst überschätzenden Alten gern aufs Korn. Zur Spottfigur eignete er sich besonders dann, wenn er wie Don Pasquale auf Freiersfüßen geht und nach einer Frischzellenkur verlangt. Dann kann ihm sogar der eigene Hausarzt zum Feind werden. Dottore Malatesta jedenfalls ist ein Verbündeter der Jugend. Um dem unglücklichen Neffen Ernesto zu helfen, fädelt er eine Scheinehe zwischen Pasquale und Ernestos Auserwählten, der schönen, aber mittellosen Norina, ein. Doch kaum ist die Hochzeit gefeiert und das Vermögen geteilt, da verwandelt sich die liebreizende und sanftmütige Braut in eine boshafte Furie. Sie stellt verschwenderische Ansprüche, lässt sich teuren Putz und Kleider liefern, macht sich über den alten Pasquale lustig und demütigt ihn, wo immer sie kann. Um die häusliche Plage wieder los zu werden, ist Pasquale bereit, seinen Neffen und dessen Verlobte in seinem Haus aufzunehmen, und muss erkennen, dass er Opfer einer gemeinschaftlichen Intrige geworden ist.

Gaetano Donizettis (1797?1848) Oper ?Don Pasquale“ ist ein Nachtrag zur Opera buffa. Als sie 1843 in Paris uraufgeführt wurde, war die Blütezeit dieser Gattung bereits vorüber. Eine neue Empfindsamkeit und Dramatik beherrschte die Opernbühne und räumte der quirligen Komödien rossinischer Prägung mehr Sentiment ein. Malatesta darf seine Heiratskandidatin in schwärmerischem Ton anpreisen, Ernesto sich kurzzeitig in Weltschmerz ergehen und der Ohrfeige, die Don Pasquale von der wildgewordenen Norina empfängt, haftet etwas leicht Tragisches an. Dennoch, auch Donizettis Figuren können musikalisch richtig in Fahrt kommen und den Lebensnerv der alten Musikkomödie treffen.

Rolando Villazón ist als Startenor besonders im italienischen und französischen Opernfach zu Hause. Seit 2011 hat der mexikanische Sänger auch sein Faible für Musiktheaterregie entdeckt und verschiedene Opern für Lyon, Baden-Baden, Wien und Berlin in Szene gesetzt. Jetzt ist er erstmals an der Deutschen Oper am Rhein als Regisseur zu Gast.
Mit freundlicher Unterstützung des Freundeskreises der Deutschen Oper am Rhein e.V.
Dramma buffo in drei Akten
Libretto von Giovanni Domenico Ruffini und Gaetano Donizetti

Eine Koproduktion mit der Volksoper Wien
In italienischer Sprache mit deutschen Übertiteln
Dauer: ca. 2 ? Stunden, eine Pause
Empfohlen ab 12 Jahren
Mehr Weniger
Dramma buffo in drei Akten
Libretto von Giovanni Domenico Ruffini und Gaetano Donizetti

Eine Koproduktion mit der Volksoper Wien
In italienischer Sprache mit deutschen Übertiteln
Dauer: ca. 2 ? Stunden, eine Pause
Empfohlen ab 12 Jahren
Besetzung Weniger

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299. 「アッティラ」、ボン、5月12日

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 5月13日(土)18時05分34秒
  開演前にプログラム見ると「休みなし」と書いてある。全体が2時間かから無いし途中で帰るお客防止のために今回も終りまで閉じ込めるらしい。それでもヴェルディなので意外と客が入っていて満杯に近い。

この初期のオペラはヴェルディでもめったにやらない。自分もウィーンの国立歌劇場以外でやったのを見たことはない。当時はドレーゼ時代最初のシーズンでオペラのレパートリーを増やしまくってマゼール自体の年間30演目の反動で年間70曲超えてて大赤字を出した時代で、世界で一番多くのヴェルディをシーズン内で上演できる劇場で有名だった。今でもそうだが緊縮財政で年間40曲超えてるかどうか疑わしい。とにかくシーズン中は音楽祭が年中途切れないような状態だった。その中で「アッティラ」はその次の「マクベス」よりも劣る初期の駄作群の一つという意味で上演されたので舞台は古いしオケも歌手も舞台もやる気のない状態な記憶だけが残っている。

ボンの場合はオケのピットがコンサ―トの並びの様に管が正面に座っているので凄く音色的に偏らないので好感が持てる。イタリア式の指揮者の様に左から弦ばかり、右から管ばかりの音色は耳が片輪になりそうだ。昨日と同じく10型の弦だと思われ十分に霞むところは霞んでくれる。

4分遅れで始まる。ヴェルディの初期の駄作と言えどもその語法さえきちんと知っていれば、ベルリーニやドニゼッテイよりは聴きやすいし楽しめる。何時も恋愛事件は出て来るしそれに関連した殺人もあるし、何時ものヴェルディが作曲したがる典型的な台本である。

しかしコーラスの立上りは超えはすでに十分声だけは出ているがまだちょっと速度がボケていて指揮者の速いテンポについて行けない。ただでさえ大振りのフンブルクが更に大振りで指揮をする。しばらくして合唱にエンジンがかかり速いテンポについて行けるようになった。

東洋人のアッティラ役はドイツ人みたいな白人なのでかなり違和感がある。ウィーンは当時きちんとした中国風の辮髪で出たのでちゃんとした悪党役が様になったが。声もなんかドラトゥローグが声域だけでむちゃくちゃ振り分けたような意外と滑るような声で、ハンス・ザックスかダ―ラントの結婚話の世話役って感じである。

オスティナートの行進曲もヴェルディ独特の語法であり、「ナブッコ」や「マクベス」にもあるので出て来るとホッとする。ベートーヴェン・オケもWPみたいに手を抜くことなくしっかりとコンパクトに丁寧にまとめてある。十分に劇的だしバランスも良い。

黒人の女声のオダッペラはなんか「イル・トロヴァトーレ」のアズチェ―ナの様に勇ましいジプシーみたいな演技。33分。

次の幕も屋敷の中。衣装も同じ。しかし昨日の舞台とは180度転換してるのが日替わりオペラの楽しいところだ!テノールのカデンツァの後の終止和音のピッチが高すぎて安定性に欠けるが全体の緊張感はダレない。すぐ「トロヴァトーレ」と同じようなアリアが頻繁に続く。遠くから見ると中世の古風な装置だが、近くで見るとナチの軍隊の服装で、鉄砲、更にFoodの屋台、台車で聖職者を運ぶトごちゃまぜ。33分。

次の幕でもファスト・フード用のプラスチックのテーブルを残す。しかしアリアのメロディーの力強い動かし方はまさにヴェルディそのもの。クライマックスで声を張り上げ過ぎるとピッチが上がるがオケの伴奏はそれでも丁寧にする。舞台上の2人のトランペットは少し吹くだけでそんなに活躍しない。たき火を上から砂を大量に落として消す。無伴奏の歌唱は後期のオペラに顕著になる特徴。テノール・パートの声はさすがにイタリア風にマッチしてる。良い歌手を揃えた。しかしバリトンはずっと世話役でポルタメントで甘い。黒人ソプラノがスピントまで劇的に行く。結婚の話は殴り合いをしている。23分。

終幕は最初アリアが重なって長く感じる。アッティラは首を斬られあっけなく死ぬ。16分。合計1時間45分で「サロメ」と同じ長さ。

韓国人のバイロイトで歌ってる韓国人の歌手にアッティラ・ユンと言う歌手がいるが本名ではなくて、ドイツ人にあだ名として付けられたのがそのまま芸名になったらしい。ここではアッティラと言う名は東洋人独特の名前として馬鹿の一つ覚えとして定着している。

菅野茂
ATTILA

29 Jan
18:00 H

05 Feb
18:00 H

11 Feb
19:30 H

19 Feb
18:00 H

19 Mrz
18:00 H

30 Mrz
19:30 H

12 Mai
19:30 H

03 Jun
19:30 H

17 Jun
19:30 H

28 Jun
19:30 H
Opernhaus
Giuseppe Verdi
Dramma lirico in einem Prolog und drei Akten
Libretto von Temistocle Solera und Francesco Maria Piave
nach Attila, König der Hunnen
von Friedrich Ludwig Zacharias Werner
in italienischer Sprache mit deutschen Übertiteln
HINWEIS |?Eine Stunde vor Aufführungsbeginn stehen im Foyer unsere ehrenamtlichen OPERNFÜHRER für Sie bereit und freuen sich auf Ihre Fragen zu Werk und Inszenierung.
Selbst Alt- und Großmeister Ulrich Schreiber fand in seinem fünfbändigen Opernführer für Fortgeschrittene auf den 120 Giuseppe Verdi gewidmeten Seiten für ATTILA nur einen Halbsatz. Einer der kundigsten unter den Opernfachleuten der Gegenwart, ohnedies dem frühen Verdi gegenüber eher kritisch positioniert, stand dem Phänomen eher ratlos gegenüber.
Der von Will Humburg initiierte Bonner Zyklus mit Frühwerken ? bislang waren GIOVANNA D’ARCO und JÉRUSALEM zu erleben ? geht mit ATTILA in die dritte Runde. Der vergleichsweise populäre Titel erweist sich dabei als trügerisch, denn das am 17. März 1846 am Teatro La Fenice in Venedig uraufgeführte Stück wird im deutschsprachigen Raum (nach der deutschsprachigen Erstaufführung 1854 in Stuttgart) doch durchaus seltener gespielt als die Opernführersituation glauben zu machen versucht. Literarische Grundlage ist das Drama Attila, König der Hunnen des deutschen Romantikers Zacharias Werner (des einzigen Autors dieser literarischen Epoche, der auf der Schauspielbühne nachhaltigere Erfolge zu erzielen vermochte). Der historische Hintergrund des Schauspiels ist der letzte, unverrichteter Dinge abgebrochene Kriegszug des großen Feldherren zur Einnahme des nördlichen Italien, der hier stofflich mit zwei Legenden verknüpft wird: einerseits der Flucht der Bewohner des udinesischen Aquileia auf die nordadriatischen Laguneninseln und der damit einhergehenden (mythischen) Gründung Venedigs, andererseits der für den Rückzug der Hunnen ausschlaggebenden Begegnung Attilas mit Papst Leo I., die hier als Bestätigung eines Traums in der direkt anschließenden Wirklichkeit geschildert wird.
Wie schon bei AIDA 2013/2014 werden in ATTILA wiederum Dietrich W. Hilsdorf und Will Humburg ihre schon andernorts erfolgreich erprobte gemeinsame Arbeit am Schaffen Giuseppe Verdis fortsetzen. Insbesondere angesichts eines vergleichsweise weniger vertrauten Werkes darf dieser neuerlichen Begegnung mit Spannung entgegengesehen werden.

Bei Kaffee und Kuchen weiß der Regisseur Interessantes, Anekdotisches und Hintergründiges über seine Theaterarbeit zu berichten.?
OPERNFOYER | Mi, 25. JAN 2017, 16 Uhr
Besetzung
Attila, König der Hunnen - Franz Hawlata
Ezio, Römischer Feldherr - Ivan Krutikov
Odabella, Tochter des Fürsten von Aquileia - Yannick-Muriel Noah
Foresto, Edelmann aus Aquileia - George Oniani
Uldino, junger Bretone, Sklave Attilas?-?Jonghoon You
Leo I., Bischof von Rom?-?Leonard Bernad
Chor / Extrachor
Beethoven Orchester Bonn
Musikalische Leitung: Will Humburg
Choreinstudierung:?Marco Medved
Inszenierung: Dietrich W. Hilsdorf
Bühne: Dieter Richter
Kostüme: Renate Schmitzer
Licht: Thomas Roscher
Regieassistenz und Abendspielleitung:?Christian Raschke
Musikalische Assistenz:?Mike Millard
Hauptkorrepetitor: Miho Mach
Bühnenbildassistenz:?Ansgar Baradoy
Kostümassistenz:?Dieter Hauber, Anne Kathrin Holzky
Inspizienz: Karsten Sandleben
Regiehospitanz: Jonas Fitting
Sprachcoaching: Teresa Picasso-Menck
Aufführungsdauer: ca. 1 Std., 45 Min. Keine Pause.

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298. ジョン・アダムスの「メアリーによるゴスペル」

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 5月12日(金)17時33分54秒
  THE GOSPEL ACCORDING TO THE OTHER MARY、5月11日、オペラ・ボン

最初の予想ではミニマリストだからバーンスタインと同じミュージカルだと思った。休みが一回だし、演奏時間も2時間ちょっと。ダンサーが出て来るので歌って踊ってばかりいるのであろうと思われた。

ピーター・セラーズはその昔モーツァルトのダ・ポンテ・オペラのWSのヴィデオでスケベ黒人と白人女性をキスさせたとかで当時物議を醸しだした変わった演出家だが、今回はその台本も担当している。前回のベンジャミンの「スキン」と同じくまたイギリス・ナショナルオペラとの共同制作。

実際の音楽は繰り返しはあるが意外と真面目でかなりブリテン風。黒人も東洋人もまんべんなく出て来るのでそれでもアメリカ風なミュージカルの特徴も同時に備えている。ここの劇場で以前に見たのはグラスの「サテイアグラハ」のみだが、その以前にシュトットガルトでグラスの初期の3部作見ているのでグラスの陳腐は音楽語法は知っているが、今回の場合は同じ後発のミニマルでもそうでもなく、経過部などは普通のオペラの様に繰り返しをかなり避けてプッチーニの「トゥ―ランドット」の様に闇の中の余韻の様に流れが一方通用になっている。

それにしても黒人の女声の声がレオンティン・プライスの様に良いこと、さすがにミュージカルとは違ってオペラハウスは本当に良い歌手だけを集められる。ガムラン風なゴングは調子が完全ではないので微分音風に聴こえるし、更に脇のチェンバロンがその傾向を促進させる。

3人のカウンター・テノールはみんな粒揃いでバランスが良い。音大でもその専攻が確立されていて3人も同質の歌手を集められる時代になったのだ!それにしても繰り返しはそんなに頻繁ではないのがちょっと予想に反した。グラスの「浜辺のアインシュタイン」のような抽象物語ではなくちゃんと台本が50セントで売っているので買ってみたが、どちらかと言うとオペラではなくオラトリオのテキストである。従ってこの曲もストラヴィンスキーの「ェディプス王」と同じくオペラ・オラトリオと命名してるわけだがどちらかと言うとミュージカル・オラトリオかゴスペル・オラトリオに近い。とにかく調性はグラスのような「転調」はあってもほとんどあり、リズムもジャズのそれであるが、クラスターなどでグラスとは違う現代性も出ているし、全オーボエの微分音のポルタメントの絡みはグラスには単純に無かったキャラクターである。

題名がゴスペルになっているがゴスペル音楽そのものではなくゴスペル的な音楽物語を使ったオラトリオと言ったほうが似合う。ペデレツキの様な不確定要素も組み込みジャズ風のトランペット・ソロでラザロの復活を物語る。黒人歌手の優れたテノールに対するグラス風の分散和音の伴奏もまだ残っているが、とにかく儀式ばっかりしてて罪がどうのこうのと煩い宗教音楽。ミニマル主義と言えどもかなりの部分をクラシック音楽処理したムジーク・テアター。マーラーの1番を思わせる全弦のオクターブは引用臭い。

最近2週間にいないに2つの現代オラトリオを聴いたことになるが、エトヴェシュとこのオペラは対極にある。とにかくあの「ウィキペディア」の台本はカーゲル風で面白かったが、このアメリカ人による台本はキリスト教原理主義で既成の範疇を超えているとも思えない。

弦のフラジェオレットの多様で無調も演出。アイヴスの「答えのない質問」を思わせる全弦の和音の下敷きの上に乗っかるトランペット。クラスターの複調的な木管と弦の交差。80分。

3管編成だが、金管はトランペットとトロンボーン2管ずつ、コントラファゴットの代わりに異様な形のサリュッソホーンはどす黒い異常な音を立てる。弦は徹底的に削られて10,10,6,6,4。ティンパニのない打楽器4、ピアノ、ハープ、ミュージカル用のエレキギター。

第二幕では合唱団がみんな絶対音感ないので皆始まる前に予めはもっている。激しい合唱音楽はストラヴィンスキーの詩編交響曲を思わす。ミュージカルでもエルンステ・オーパーでもないが完全なアメリカ宗教の物語り。弦楽器のトレモロ・クレッシェンドとホルンの高音の吠えはストラヴィンスキーの春祭の「大地礼賛」の部分から来ている。

東洋人の男1人と、黒人と白人女性のダンサーの3人組は奇妙に背丈が全く同じでバランスよく取れている。又ジャズのシンコペーション。iPhoneの喋ってる真似。安っぽいスチールドラムの音はゴスペル感を助長させる。意外とガ―シュインの「ボギーとベス」にも近い。3本のフルートのミニマル点描音楽。シンバルとタムタムのアルコがこんなに減のフラジェオレットに近いのは意外な発見。又ジャズに戻りソロ・クラリネットの朗誦。ユダヤ人と思しき両脇の外の合唱がバラバラにしゃべり始め十字架の処刑で奇妙なサリュッソホーンが活躍。その後のピエタは受難曲そのものでこのオペラが今年の受難節にプレミエされた訳が解った。後奏の本管と弦楽器のユニゾンがそれぞれ続く。

カエルか鳥の鳴き声が録音で流される。舞台の後ろにコーラスが入って歌うか聴こえないらしく薄くスピーカーで増幅されている。ティンパニのない打楽器軍の原始の踊りはミュージカルの様に全員が踊る。静かなエピローグが既成の受難曲よりも長く70分かかった。計2時間半。このオペラもそろそろ降ろされる。

菅野茂


26 Mrz
18:00 H

01 Apr
19:30 H

21 Apr
19:30 H

23 Apr
18:00 H

11 Mai
19:30 H

14 Mai
16:00 H
Opernhaus
John Adams
Opern-Oratorium in zwei Akten für Orchester, Chor und Solisten
Libretto zusammengestellt von Peter Sellars mit Texten aus dem Alten und dem Neuen Testament sowie Texten von Dorothy Day, Louise Erdrich, Primo Levi, Rosario Castellanos, June Jordan, Hildegard von Bingen und Rubén Dario
in englischer Sprache mit deutschen Übertiteln
In Koproduktion mit der ENO ? English National Opera, London
Deutsche szenische Erstaufführung
HINWEIS |?Eine Stunde vor Aufführungsbeginn stehen im Foyer unsere ehrenamtlichen OPERNFÜHRER für Sie bereit und freuen sich auf Ihre Fragen zu Werk und Inszenierung.
Im Schweizerischen Rundfunk beschrieb Thomas Meyer anlässlich der Aufführung von John Adams’ Opern-Oratorium im Rahmen des Lucerne Festivals das Stück wie folgt: ?Es sind die Frauen, die Jesus nach Golgatha begleiten und am Morgen an seinem Grab erscheinen. Die Kreuzigung wird in diesem Oratorium eher knapp, aber äußerst pointiert dargestellt. Wichtiger ist das Thema der Auferstehung. Erzählt wird nämlich zunächst, wie Jesus den bereits seit vier Tagen toten Lazarus wieder zum Leben erweckt. Das Werk endet schließlich nicht mit der Klage, sondern mit der Auferstehung Christi, also mit einem Zeichen der Hoffnung.
Weit gespannt zwischen Leben und Tod sind deshalb die Ereignisse und die Emotionen, weit dimensioniert auch die Musik von Adams. Der in Kalifornien lebende Komponist hat seinen Stil stark weiter entwickelt. Natürlich gibt es auch die für ihn typischen ekstatischen und rhythmisch so bewegten Momente. Gleichzeitig aber verdichtet er seine Tonsprache, schärft sie dissonant, bringt fremdartige Elemente ein ? wie zum Beispiel ein Zimbalon, ein ungarisches Hackbrett ? oder lässt die Vokalstimmen in bittersüßen Harmonien singen. Damit erreicht er eine außerordentliche Intensität. Und so entsteht eine neue Passion für unsere Zeit.“
Nach der konzertanten Uraufführung in der Walt-Disney-Hall in Los Angeles im Mai 2012 folgte zehn Monate später an gleicher Stelle eine halbszenische Version, in der das Stück auf Tournee um die halbe Welt ging. Diese Fassung inszenierte ? wie auch die dann 2015 an der Londoner English National Opera in Koproduktion mit dem Theater Bonn herausgekommene erste vollgültige szenische Aufführung ? der Librettist des Werkes, Meisterregisseur Peter Sellars.
Einführungsgespräch
OPERNFOYER | So, 12. MRZ 2017, 11h?
...und außerdem...
Christopher Arpin spielt amerikanische Komponisten des 20. Jahrhunderts -
mit Werken von u. a. John Adams, John Cage, Lou Harrison, Charles Ives und Henry Cowell
OPERNFOYER | Mo, 8. MAI 2017, 19.30h
Weitere Informationen:
- "L.A., London, Bonn" - Tanz-Casting mit Star-Regisseur Peter Sellars
- "Es gibt immer noch Raum für Veränderungen" - Interview mit Dirigentin Natalie Murray Beale am Welt-Frauentag
Besetzung
Mary Magdalene - Christin-Marie Hill
Martha - Ceri Williams
Lazarus - Ronald Samm
Countertenöre - Benjamin Williamson,?Russell Harcourt, William Towers
Tänzerinnen: Iamnia Montalvo Hernandez, Kanako Minami,?Carmen Mar Cañas Salvador
Tänzer: Keisuke Mihara, Erik Constantin
Chor des Theater Bonn
Beethoven Orchester Bonn
Musikalische Leitung: Natalie Murray Beale
Inszenierung: Peter Sellars
Bühne: George Tsypin
Szenische Einstudierung:?Elaine Tyler-Hall
Kostüme: Gabriel Berry
Licht: James F. Ingalls
Soundddesign: Mark Grey
Choreinstudierung: Marco Medved
Regieassistenz und Abendspielleitung:?Mark Daniel Hirsch
Musikalische Assistenz:?Mike Millard
Hauptkorrepetitor: Miho Mach
Bühnenbildassistenz:?Ansgar Baradoy
Kostümassistenz: Dieter Hauber
Inspizienz:?Tilla Foljanty / Karsten Sandleben
Sprachcoaching: Cynthia Grose

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6

 

297. ギュルツニッヒ、チン、ブリテン、ラヴェル、ドビッシー、5月9日

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 5月11日(木)05時13分32秒
  解説は何時ものように1時間前から始まるが、今日は何時もの話したがる指揮者が出て来ない。10分待ったが来ないのでドラマトウロギーであろう、バーバラ・エックレと言う凄く綺麗なお姉ちゃんが一人で解説し始めた。

「海」がテーマらしい。ブリテンはドラマのコメントとして、チンはシレーヌが海の怪物として、ラヴェルは海原の小舟、ドビッシーは海そのもの。

ブリテンの「日曜日の朝」で音を聴いてみる。田園的か?そいうでもありそうでもない!寒いと言う。そうでもありそうでもない!3曲目は何が起こったが?何も起こっていない?僕はうねりを感じる。次にドビッシーの第一楽章の終わりの「日の出」と東洋の琴の音楽を聴いてみる。日本の音楽かと思ったが中国の琴の音楽らしい。凄く似すぎている。グリッサンドやポルタメントは東洋の手法。ここにペンタトニックがあるらしい。分析したことないからちょっと意外。更にシンバル、ゴング、タムタムは中国の楽器。これらの楽器はドビッシーがパリの万国博覧会で仕入れて来たものらしいが、最も強く影響を受けたのがガムランらしい。

チンの曲にもガメラン風な箇所があるらしい。しかし分析的ではないのでどうでも解釈できる曖昧な解説に終始してしまう。ジャズのコンバスのピチカートがあり、ピアノの内部奏法あり、ドビッシーの夜想曲みたいに祝典的でもあるそうだ。かなり刺激的なアタックの連続。

本番はTVカメラが入ってみんな燕尾服なのに弦の一人だけただの黒のスーツなのは面白かった。カメラマンの脇に座ったのでヘッドホンから指示がひっきりなしに聴こえる。

最後にコンサート形式で聴いたのは音大オケ。最近「ピーター・グライムス」のピアノスコア全部弾いているので常に新しい発見がある。2管編成なのに何時もよりも固めの16型の弦が出過ぎる。威力あり過ぎて木管とのバランスが良くない。3分30秒。2曲目はホルンが重い。弦は強力なまま。フル―トのオブリガートだけ小さい。鐘が煩すぎないか?その文弦が聴こえない。3分30秒。第3曲は静かな波のうねり。トランペットは3番のソロの時だけピストン使っている。4分16秒。第4曲はトランペットが太くなる。海のハープのグリッサンドは一番後ろなのに大きく派手に鳴る。4分30秒。

チンの歌は楽屋の入り口から歌を暗譜で歌い始める。弦が2人ずつ減って14型。すぐにジャズのピッチカート。速いパッセージと和声感は絶対にリゲティから来てる。2から3管編成で打楽器6.ピアノの内部奏法は欽を落としプレックトルム様ななもので擦りトレモロ。歌とここの楽器とのアタックは「アヴァンチュール」から来てるリゲティ構成法。木管楽器の扱いはリゲティのヴァイオリン協奏曲から来てる。ピアノの増4度のオスティナートはちょっとB・A・ツインマーマンを思い出し、弦のフラジェオレットはベリオか?前回のチェロ協奏曲よりも傑作だとは思えない。17分08秒。

ラベルの「オーシャン」はスコアをいまだに見たことがない意外と地味な編成だが色彩的には凄く豊か。ピアノ曲のほうが好きだ。6分49秒。休みなしにすぐドビッシー。

何時ものように16人のチェロの箇所はカネがもったいないので今回は11人だが頑張って16人前の音を出す。ホルンがぼやけて聴こえる。8分20秒。2楽章は意外と起伏にとんだ解釈。6分45秒。3楽章はコルネットが入って来て4人のバス―ンと共に5人のトランペット族で事実上ベルリオーズのような編成の大きい作品である。最後の弦のトレモロってそんなに潰れるか?トランペットを取ってあるので最終稿だと思われる。7分42秒。

と言うことで最後の曲が終わって今まで沈黙してたやっと指揮者がどういうわけか英語で喋り始める。アンコ―ルでもやるのかと言うとそのようで今日は3つの意味で特別な日だと言う。まずFCケルン(サッカー)勝ったで笑わせ、次にフランスの大統領選挙でマクロンが勝ったで喜び、最後に自分はこのオケで何時も好きな現代音楽を自由にやらせてもらえるで凄く満足してる、と言って今日はアメリカと日本とEUの為にピアノの近くに来てマイクを持って「海」のシャンソンを歌い始める。ヴィブラートは付けないが下手ではない。すぐにオケが入って来るが指揮者がいないのでヴァイオリンの人がやる。自分で編曲したんだかドビッシーの「海」の動機の断片がところどころに入る。それで最後にクライマックスで「海」と全く同じく終わる、何じゃこりゃの作品。電車が出た後だった!1時間待ち!!

09.05.2017 Dienstag 20:00 Uhr
D. Michel-Dansac, Gürzenich-Orchester Köln, F.-X. Roth: Britten, Chin, Debussy, Ravel
Kölner Philharmonie

Donatienne Michel-Dansac Sopran
Gürzenich-Orchester Köln
François-Xavier Roth Dirigent

Benjamin Britten
Four Sea Interludes op. 33a (1945)
für Orchester. Aus der Oper "Peter Grimes"

Unsuk Chin
Le Silence des Sirènes (2014)
für Sopran und Orchester. Text von James Joyce

Pause

Maurice Ravel
Une barque sur l'océan (1906)
aus den "Miroirs" für Klavier. Fassung für Orchester

Claude Debussy
La Mer L 109 (1903?05)
Drei sinfonische Skizzen für Orchester

Pause gegen 20:40 | Ende gegen 21:45

Das heutige Konzert wird im Rahmen von GO PLUS aufgezeichnet. Der Video- und Audiomitschnitt ist in einigen Wochen auf der Homepage des Gürzenich-Orchesters unter www.guerzenich-orchester.de/go-plus verfügbar.
19:00 Uhr, Empore : Einführung in das Konzert
Eintritt nur mit gültiger Konzertkarte

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6

 

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