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353. デュッセルドルフの「黄昏」のプローべ、10月18日、

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年10月20日(土)00時29分21秒
  Richard Wagner
Götterdämmerung, Do18.10, 18.00 Uhr,
Opernwerkstatt: Götterdämmerung

まず1時間前の解説からである。GMDとレジーと舞台美術が出てきた。ここで女の司会者がこのリング・チクルスに全部来たかアンケートを取る。半分ぐらいか?何しろチケットが他のオペラハウスよりも高すぎる。同時進行していた台本に晩年の特有の宗教的な「ナゼレのイエス」にも言及。「ジークフリート」の第二幕の第二場の作曲中に休憩が入り「トリスタン」と「マイスタージンガー」が一連の楽劇の中に挿入される。今回のチクルスは16か月間かけて全部出す予定で足かけ3年かけた思い出と反省会は自己批判も含みレジーのコンタクトが絶えない。演出家はこのチクルスが好きでも無ければ間違っているかも知れないと言うが、アシスタントを凄く褒める。結局は実際の舞台はどうなるかわからないとも言う。部外者でも良いアイディアは積極的に採用。何を持って良いアイディアかは判らないが。

指揮者はロリオの1晩ためのリングの経験を披露するが全部振るのは既にバイロイトで数年振てても今回が初めてで、来年の1月にはそれがもとでウィーン国立歌劇場のリングを任されていることを披露する。ここでは12回から16回のオケのプローベが許されているが、ウィーンでは全く無いから経験者以外全く指揮者としては使えないのだ。

このNRWのAクラスのボン、デュッセルドルフ、ケルンは4何時でも管編成のリングができるが上流のマインツとコブレンツはBクラスで3管編成なのでリングができない現実。

「黄昏」はどう響くの質問に対してラインの乙女たちはとても深いキャラクターを持っていると言う。今日の公開プローベは第二幕の3場までだが、ここで同じプロジェクトのデュイスブルクのリングの違いについても言及。最初の基音Esはエンジンの雑音に感じるらしい。ローレライやハインリッヒ・ハイネの詩に言及。自由の女神、デュマの詩を読む。ライン地方の伝説を非常に重要視。ヴォータンは英雄ではない。リングのキャラクターは非常に良くない。ジョージ・バーナード・ショーの詩の引用するが演出家が否定。

最後にプローベなので指揮者はオケを止めることを断って、今日はワッツは歌わないでレジーのアシスタントが歌うとか。聴衆はパルケットで見てもらうとか言って終わる。

実際には男性陣が素晴らしい歌唱力。舞台は船の上。このレベルだと歌は止められない。数年前に「ワルキューレ」未熟だった指揮者が今回は速めでも見事にポイントを押さえている。コンバスは5.GMDだとオケもまとまる。トロンボーンも十分に出しまくる。7の7つ前。歌手がプロンプターとリズムの確認のためのコンタクト。木管の和音の手入れ。弦だけのプローベ。木管の32分音符を揃えるプローベ。1の3つ前。Asの前のアクセント。元の下降のパッセージの手入れ。6の5つ前。スビト・ピアノ。テンポを間違える。もう一度最初から。トレモロが綺麗に一様に響かない。2回目、歌手は声を節約する。ホルンが良くなっている。これだとウィーンでも問題は出ない。船が回り舞台の様になっている。ジークフリートはこの程度でも上出来であろうバイロイトぐらいの水準。元の細かいところが良く聴こえる。8Aもう一回のプローベでホルンの小さなミスが無くなる。徐々にオケ全体も良くなっていく。3連符は遅すぎる。8の6つ前。もっと静かに。8A.もっと弦がかかっても声は大丈夫。ハイホーのところ速く。グルトゥルーネは最高ではないけれども不満が出るほどの出来ではない。年が若いのだろう。第二場の複雑さ。木管の3連符。弦のトレモロ変奏。12Aは木管、そんなに小さく無く。どちらかというとテクニック・プローベ。11A高いところにいるので声も分離して良く聴こえる。シュティール・ホルンはどうしてもヴィブラートがかかってしまうらしい。コーラスが合わない、飛び出しすぎ。15の7つ前、9つ前。ポザウネ、少し遅れてる、もっと強く。13A。繰り返しで良くなる。歌わない女達が混じっている。テンポ速すぎ。16の4つ前。コア全員も前で歌うので良く聴こえる。19、木菅、とても生き生きと。26A歌詞、合唱指揮者に言われる。73分で終わり。
Opernhaus Düsseldorf
Premiere
Sa 27.10.
17.00 - 22.30 Uhr
ausverkauft
Premieren-Abo Düsseldorf

Tagesbesetzung
Musikalische Leitung Axel Kober
Inszenierung Dietrich W. Hilsdorf
Bühne Dieter Richter
Kostüme Renate Schmitzer
Licht + Video Volker Weinhart
Dramaturgie Bernhard F. Loges
Chorleitung Gerhard Michalski
Siegfried Michael Weinius
Gunther Bogdan Baciu
Alberich Michael Kraus
Hagen Hans-Peter König
Brünnhilde Linda Watson
Gutrune Sylvia Hamvasi
Waltraute Katarzyna Kuncio
1. Norn Susan Maclean
2. Norn Sarah Ferede
3. Norn Morenike Fadayomi
Woglinde Anke Krabbe
Wellgunde Kimberley Boettger-Soller
Floßhilde Ramona Zaharia
Chor Chor der Deutschen Oper am Rhein
Orchester Düsseldorfer Symphoniker

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352.ケルンの「トゥーランドット」10月10日

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年10月12日(金)04時56分53秒
  おなじみの誰でも知っている曲なので上演の前の解説は無し。ボンでは今でもかかっているので比較されるのは免れない。

オーケストラが後ろで音響的にモニターのアインザッツで歌を前にするもうおなじみになってきた形。平均台のような手すりだけの舞台装置は最初からボンよりも見劣りがする。

KINOと書いてあり西欧貴婦人が映画を見に行くふりの演技をする。しばらくして音楽が始まり。始めに指導動機、その後に近代13の和音が続くがトロンボーンが始終割れっぱなしで煩いが歌を隠すことは一切ない。

舞台脇が見えて合唱指揮者は蛍光ペンで合唱を指揮する。この形の場合合唱がハウプト指揮者が見れないのでテンポを取るために合唱の第二指揮者がどうしても必要になる。バランスは良いのだがオーケストラの細かいリズムの刻みが見えない。

平均台の上をレール代わりにしてやっと大道具がやって来てやっとボンの舞台と見劣りしない舞台になってきた。KINOの文字はPEがあたまについてPEKINOに完成。北京映画をもじっているらしい。児童合唱の屋台コスチュームがどんどん派手に美しくなってくる。トランペットのファンファーレ隊は舞台脇に出て来無いのでボンよりも物足りないしかっこよくも無い。首を切る場面も無い。ピン・ポン・パンの役は中国人が一人もいなくてほとんど韓国人が占める。周り舞台かつ移動舞台はオケを完全に隠してしまって細かいリズも絵をもっと聴き取りにくくしてしまう。33分12秒。

休みなしの舞台転換。役者の着替えとメイクアップを舞台上で見せる。皇帝のクソジジイが泣きべそをかきながら情けなく歌う。クレオパトラのようなトゥーランドット。相変わらずオケのリズムの詳細が掴めないが、低音弦の半音階はワーグナーをたっぷり表出させる。44分10秒。

「西部の娘」の夜明けのような鈍い前奏。北京の昔の残酷な死刑ドキョメント・フィルムを汚いボロボロのスクリーンに映し出す。有名なテノールのアリアの後メトロポリタン・オペラの様に拍手をするのが止めて欲しい。ボンの聴衆の方が遥かに良かった。何時ものようにどんどん変形された指導動機が曲の内部を内容づける。やはり流のアリアの後のテノールとオケのフェルマータが一緒に出れない。このまま何時ものアルファーノ版だからオケはショスタコーヴィッチ風の5度に入っていく。この版で捨てきれないところは「カラフ」と白状した後のトランペットとホルンのファンファーレの信じられない天才構成力。これは捨てられないのでべリオの原典版にも是非入れたい。合唱指揮者も湧きに頻繁に出てくる。その後は映画音楽によるどうでも良い大衆をバカにしたアポテオーゼは最後まで楽譜通りに終わる。37分07秒。

菅野茂


Giacomo Puccini
Turandot
Dramma lirico in drei Akten
Libretto von G. Adami und R. Simoni
nach dem gleichnamigen Theaterstück von Carlo Gozzi
Musik von Giacomo Puccini (1858 - 1924)
10 Zum Kalender hinzufügen
Mi /Okt 18
StaatenHaus Saal 1 / 19:30 ? 22:00 / Vorstellung / 12 ? - 81 ?
Inhalt
Mit ?Nessun dorma …? (?Keiner schlafe …? ), den ersten Worten der wohl berühmtesten?Tenorarie Puccinis, greift Prinz Calaf den gleichlautenden kaiserlichen?Erlass auf: Unter Androhung der Todesstrafe sind die Bewohner Pekings dazu angehalten, unter?Verzicht auf Schlaf seinen Namen herauszufinden. Der Tatarenprinz … hat vermocht,?was keinem zuvor gelang: Er hat die drei Rätsel gelöst, die Prinzessin Turandot?jedem ihrer Bewerber zu stellen pflegt. Damit hat er nicht nur unerwarteter Weise?seinen Kopf gerettet, sondern auch das Recht erworben, die Prinzessin zu heiraten.?Da sich diese, entgegen der Abmachung, dazu nicht wirklich bereitfindet, hat der?Prinz ihr ? freiwillig, unter erneutem Einsatz seines Lebens ? das Ultimatum gestellt,?innerhalb einer Nacht seinen Namen herauszufinden …
Mit allem hatte Prinzessin Turandot gerechnet, nicht jedoch damit, sich einmal?tatsächlich einem Mann ergeben zu müssen. Unter Verweis auf eine sagenhafte?Prinzessin, die sich vor Urzeiten nach einer Vergewaltigung das Leben genommen?hat, hat sie sich jeglicher Annäherung der Männer bisher erfolgreich entzogen und?sich aller Bewerber durch das tödliche Rätselraten entledigt. Nun ? zu Beginn der?zweiten Hälfte dieser Oper ? besteht ihre einzige Chance, ?unerkannt? bleiben zu?dürfen, darin, den Namen des Prinzen in Erfahrung zu bringen.
Es sollte Puccinis letzte Oper bleiben, und in keinem seiner Werke stellt sich die?Annäherung des zentralen ?Liebespaares? aneinander gefahrvoller und rätselhafter?dar als hier. Bis zum Ende geht es einzig darum, die Liebe der Frau zum?Erwachen zu bringen.
Fragile emotionale Zustände kontrastieren in seiner exotischen, ostasiatisches?Flair entfaltenden ?Turandot? mit größtmöglicher Kraft- und Prachtentfaltung:?Was die Anforderungen betrifft, die dieses Werk stellt ? den großen Orchesterapparat,?die gewaltigen Massenszenen, die exorbitant hochdramatische Titelpartie?betreffend ? hat Puccini sich hier so weit vorgewagt wie noch nie.?
Inszenierung
Mit dieser Inszenierung stellte sich die junge, viel beachtete Regisseurin Lydia Steier?erstmals in Köln vor. Am Pult steht Maestro Claude Schnitzler, in Köln zuletzt mit?Puccinis ?Madama Butterfly?, ?La Bohème? und Jules Massenets ?Manon? erfolgreich.
?Du, von Eis umgürtet, wirst von Glut erfasst ihn lieben!?
(Liù, III. Akt)
Besetzung
Musikalische Leitung Claude Schnitzler / Inszenierung Lydia Steier / Bühne & Video fettFilm (Momme Hinrichs, Torge Møller) / Kostüme Ursula Kudrna / Licht Andreas Grüter / Chorleitung Rustam Samedov / Dramaturgie Georg Kehren /
Turandot
Catherine Foster?/ Erika Sunnegårdh
Altoum
Alexander Fedin
Timur
Önay Köse?/ Lucas Singer
Calaf
Martin Muehle
Liù
Ivana Rusko?/ Yitian Luan
Ping
Hoeup Choi?/ Wolfgang Stefan Schwaiger
Pang
Jeongki Cho
Pong
Martin Koch?/ Young Woo Kim
Ein Mandarin
Insik Choi?/ Michael Mrosek
Chor
Chor der Oper Köln
Extrachor
Extra Chor
Kinderchor
Mädchen und Knaben des Kölner Domchores
Orchester
Gürzenich-Orchester Köln

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351. GO、マーラーの3番10月2日ケルン

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年10月 4日(木)05時45分26秒
  1時間前の解説には全盲の定期会員も聴きに来ていた。解説者の演壇のすぐそばに身体障碍者用のトイレもある。その演壇からトイレの距離約3mか?

マーラーの解説は多分一揃いの情報を言うと思うが、その全体像を定義する。分厚い船、6楽章、独自の子供たちのための太陽系。「不思議な角笛交響曲」。

最近は頻繁に3番の演奏が多い。このホールで見るのも3回目。1回目はビチコフで6楽章だけ、去年の前回はサラステ指揮のWDRで91分33秒かかっている。先月もSWRがクエンチスの指揮でネットで心の籠ったライブをしている。99分32秒。https://www.youtube.com/watch?v=xyAkS-9wRPc
そして今はネルソンズ指揮のボストン響のFM。20.04
WDR 3 Konzert BBC Proms

Andris Nelsons dirigiert Mahler

Gustav Mahler
Sinfonie Nr. 3 d-moll für Altsolo, Knaben-, Frauenchor und Orchester
Susan Graham, Mezzosopran; Damen des City of Birmingham Symphony Chorus;
City of Birmingham Symphony Youth Chorus; Boston Symphony Orchestra,
Leitung: Andris Nelsons
Aufnahme aus der Royal Albert Hall, London

それではこの交響曲のプログラムから行く。「真夏の世の夢」ではなく「夏の朝ではない昼の夢」。第一楽章は8本のホルンで始まるのは当たり前。音例。提示部の終わりはこれがめちゃくちゃに発展して展開部に流れ込む。この録音は誰のか知らないけれどテンポが速め。ここで第一楽章が終わった後に初演がそうであったので休みを入れるらしい。なぜ解かるかと言うとクレフェールドのオケは小さいのでギュルツニッヒのオケのメンバーが大量にトラで行って演奏したらしい。第二楽章の音例。皮肉的、花の章。ヴァイオリンの極端に高い高音の芸。第3楽章。「言葉の無い子供の不思議な角笛」の素材は若き日の歌の「夏の終わり」から取られているスケルツォと瞑想。最初の旋律にKukukku ist Todを当てはめてみる。ポストホルンは第二交響曲と同じ空間音楽は経5人のトラペット奏者を使うので第5楽章の最後の息切れ防止に使えばよい。SWRが1番が切れて2番だけに吹かせていたのがビデオでわかる。音勢はそんなに変わらないがもう1本加わればもっと安定するのは確実。第4楽章:もちろんニーチェの詩。Gib Acht!音例。第4交響曲のように通り雨のように過ぎて行くが、4番のような4楽章制だとここで一旦終わる。やる気と情熱。第5楽章の音例。貧しい子供の歌。乞食の歌。Bimn Bammの歌。最後の晩餐。第6楽章からは三部にしたいらしい。ならばこそ20分で終わるのではなくてもっとゆっくり25分はかけたい。死ぬ場面の第九との比較が出てきて最後のアポテオーゼは今回の指揮者も答えられないと言うし、テオドール・アドルノもこの部分はどうしてこう終わるのか解からないと言っている。ザルツ・カンマーグートの作曲、ポスト・モダン、全音階を批判できない作品。4番と8番のミュンヘンよりも5番、6番と合わせて3曲も初演したNRW州の誇り。

今回の定期は3回とも売り切れで立ち見しかないが、これも出してしばらくして売り切れてしまった。何時ものようにクロークに飴が用意してあって包み紙が音の出るセロハンではなくて滑らかな紙だった。

クレンツィスよりも早めに進行する。10番と似ている打楽器だけの経過部。ベートーヴェンからの戦争交響曲からの伝統?ポザウネンの荒い割れ方。普段聴こえないコントラバスの低温が十分に聴こえる。行進曲が入り違った種類の音楽との組み合わせはアイヴス二引き継がれる。第4ポザウネとチューバの完全なユニゾン。31分40秒。初演に習ってここで20分お休み。9人の打楽器奏者のうち一人が帰ってしまう。横に韓国人留学生がやってきて座る。抒情部が速いのはブーレーズ譲りで霊気がまだ抜けないようだ。こういったオートメーションの処理は一生引き摺るかもしれない。クレンシスはちょっと違ってネゼ・セガンの「パルシファル」のように長く心に温めたような演奏。この指揮者だと弦のしなやかさは出ない。コンマスの違和感はこの楽章でやっと取れる。木管とヴァイオリンのピチカートのバランスの良さ。ルーテのバランス感覚もおろそかにしない。8分50秒。第三楽章のポストホルンはWDRと逆で左後ろ。木管が一斉に上げたり下げたりするのはサッカーの応援席の波のように面白い。16分14秒。第4楽章はドイツ人みたいに正確に発音して歌う。ホルンがどうしても同時に出れない。合唱と共に合唱席の上の2階。イングリュッシュホルンの滑るポルタメントは難しいらしい。9分00秒。第5楽章のBimmBammのリズムが不明確、打楽器がどこに行った?テンポが遅め。後半になってやっと鐘が響いてきた。合唱指揮者で無いと音量が足りない。グロッケンシュピールは2人。フィナーレはシンバル2人、ティンパニは同じ音を両手で叩く。そんなに大きな音ではないがかっこだけは良い。テンポは速く22分36秒。合計92分40秒。昨日のコンサートのヴィデオがもう出ている。 https://www.youtube.com/watch?v=jiCNWzzS_mw


ちなみにネルソンスは33分35秒、9分45秒、17分03秒、9分28秒、4分07秒、22分25秒、計96分43秒。こっちの方がすべての音が聴こえるとされていてブーレーズ真似たのよりも遥かに成功してる。



02.10.2018 Dienstag 20:00 Uhr
Karten bestellen
S. Mingardo, Frauen der Schola Heidelberg, Mädchen und Knaben der Chöre am Kölner Dom, Gürzenich-Orchester Köln, F. Roth: Mahler
Kölner Philharmonie

Sara Mingardo Alt

Frauen der Schola Heidelberg

Mädchen und Knaben der Chöre am Kölner Dom

Gürzenich-Orchester Köln
François-Xavier Roth Dirigent

Gustav Mahler
Sinfonie Nr. 3 d-Moll (1895?96, rev. 1899)
für Alt, Frauenchor, Kinderchor und Orchester. Texte aus "Also sprach Zarathustra" von Friedrich Nietzsche und "Des Knaben Wunderhorn" von Achim von Arnim und Clemens Brentano

keine Pause | Ende gegen 21:45
19:00 Uhr, Empore : Einführung in das Konzert
Eintritt nur mit gültiger Konzertkarte


Website des Veranstalters:
Gürzenich-Orchester Köln

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350. WDRルトスワフスキーの管弦楽のための協奏曲、9月21日

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 9月23日(日)04時59分32秒
  何時ものように1時間前のゲシュプレッヒ。今回も1回だけの定期だと思ってたが昨日ドルトムントでやってしまったらしい。

まず「真夏の夜の夢」から解説。5楽章の組曲版。今日演劇で演奏されることは無い。委嘱者などを話して次に行く。

ブリテンの『イルミナシオン』は英語読みではなくてフランス語読み。前年に亡命先のアメリカで書いて1940年の初演はソプラノだったが、後でホモの友人にも歌わせたくてテノール用でも許可している。アルトゥール・ランボーの詩だがそのまま乱暴な人生を紹介する。ここで第一の詩をヘンニガンとアムステルダム・シンフォニエッタの音例。何時もの繰り返しでちっと気になってしまうがそんなにひどくはない。第二の詩の朗読。アクセント付きに和音の変化が面白い。間奏曲、「フランク・ブリッジの主題による変奏曲」を思わすハーモ二ーの運び第二の詩の朗読の録音を流す。地味だが狭いテクニックに最大の工夫を凝らす。ハープのようなピチカート。ここでペーター・シュライヤーがTVで歌詞の無い歌はただのバカな曲だと言うのが良くわかる。

ガードナーとBBCは最近ルトスワフスキーの管弦楽曲を全曲CDに録音したらしい。まず最初に我々のTVのZDFの音楽番組に使われているモティーフについて音を流して解説する。この曲はショスタコーヴィッチと同じように第一交響曲が演奏を拒否されてから射殺や党の宣伝などが巧みに入り込んだ政治的な影響があるらしい。1954年はスターリンの死後でショスタコーヴィッチに10番と兼ね合っている一方バルトークのオケコンの影響も強く受けている名作。冒頭はブラームスの1番と深刻な類似性がありチェロのテーマは民謡から来ているらしいが、少しもスラヴ民族のそれとは感じないからっと乾いた印象である。第二主題は抒情的。クラスターや鐘の音。第二楽章のカプリチオでヴァイオリンのトレモロがメンデルスゾーンの作品21に類似しているので奏者は多大な尊敬を持って弾くらしい。途中のトリオはハリウッドの映画音楽を思わせる。終楽章のパッサカリアはショスタコーヴィッチの8番の4楽章に接近する。相変わらず民族的旋律は出現しトッカータになる。最初の楽章の第二主題の活躍。金管のコラールとソロヴァイオリンの掛け合い。最後のカオス。ショスタコーヴィッチの交響曲レベルの価値がある曲と見た。

実演では序曲が大振りで合いにくい。12,10、8、6、4.オフックレイドの代わりにコントラファゴットを使用。スタッカートを変なテヌート、トレモロは一定ではないし、ホルンは安全圏で何時もクレシェンドで吹いてしまう。1回だけのコンサートはTVカメラでも撮り直して修正は難しい。ホルンの強奏はここでは珍しいが悪くない。金管は心理的に緊張を強いらなければならない。11分43秒。スケルツォ4分33秒。ノットウルノのホルンが見ないように5分42秒。間奏曲3分44秒。結婚行進曲のファンファーレは何時も楽屋にトランペット持ってきてるネルソンスのように金管奏者出身で無いと細く弱い4分35秒。

イルミナシオンは寒く暗く水っぽい音楽。ピチカートの安定性やハーモニックスはOP.10そのもの。和音の扱いは印象派に準ずるかそのものである。いろんな伴奏形の多様さ。ソロから増えてきてユニゾンのヴァイオリン群になる面白い増減法。構造系もOp. 10と「ピーター・グライムス」の「7つの海の間奏曲」を思わせる。10、8、6、4、3.波のように返す弓、いろんな伴奏形による短い曲の集まり。歌のヴィブラートが少し付きすぎ、頭の中で声が少しバカなり。23分42秒。

オケコンはトランペットとトロンボーンが4つずつなのがスコアを昔から所有していてもあまり気が付かなかった、バルトークよりも少し大きい16型。ZDFの音楽は始まって間もなく出て来る。6分50秒。第二楽章の軽さは本当にメンデルスゾーンのスケルツォに近い。スネア4個で音色を変化させるのが趣味が気持ち良い。5分50秒。終楽章は第一と第二楽章それぞれの3倍近い長さ。パッサカリアはどっちかと言うとショスタコよりもブリッテンの工夫をもっと凝らした『ピーター・グライムス』に似ている。15分07秒。


21.09.2018 Freitag 20:00 Uhr
Große Sinfonik ? Ein Sommernachtstraum.
C. Landshamer, WDR Sinfonieorchester, E. Gardner: Britten, Lutosławski, Mendelssohn Bartholdy
Kölner Philharmonie

Christina Landshamer Sopran

WDR Sinfonieorchester
Edward Gardner Dirigent

Große Sinfonik ? Ein Sommernachtstraum

Felix Mendelssohn Bartholdy
Musik zu "Ein Sommernachtstraum" op. 61 (1842?43)
für Solostimmen, Frauenchor und Orchester. Text von William Shakespeare in der Übersetzung von August Wilhelm von Schlegel

Orchestersuite

Benjamin Britten
Les Illuminations op. 18 (1939)
für hohe Stimme und Streichorchester. Text von Arthur Rimbaud

Pause

Witold Lutosławski
Konzert für Orchester (1950?54)

Das Konzert im Radio: Freitag, 5.10.2018, 20.04 Uhr
Live im Videostream auf wdr-sinfonieorchester.de
19:00 Uhr, Konzertsaal : Einführung in das Konzert


Website des Veranstalters:
Westdeutscher Rundfunk Köln

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349. WDR シェーンベルクの「ペレアス」9月7日ケルン

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 9月 9日(日)04時37分50秒
  出かける前にSWRのFMでヴァレンティーナ・リシッツァと言うピアニストのライヴをちょっと聴いた。昔チェリビダッケの指揮の講習会をしたマインツのフランクフルター・ホッフのピアノの定期に呼ばれた演奏会で、その人選理由が新しい領域に入って面白い。必ずしもコンクール出身ではなくて、多くのヴィデオのユーチューブのクリック数が軒並み300万回超えていると言う話題であった。それで興味を持って音を聞いてみたが特にでも無く、ユーチューブで見ると凄い美人な事だけは確かだった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%8A%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%82%B7%E3%83%83%E3%83%84%E3%82%A1

https://www.youtube.com/results?search_query=valentina+lisitsa

ケルンでは時間が無いので図書館でフリッカーやルッブラの珍しい交響曲のスコアを数曲買ってくる。自宅でユーチューブで調べてみると多くの曲がアップされている。無数の曲がなかなか表に出ないまま隠れているらしい。

今日のプログラムは2曲だけだがそれぞれ45分ぐらいかかるのでピアノはもう前に出されている状態で解説。今回は休み明けで1回だけの本番だが、一回だけでTVの映像に撮ってしまうらしい。

まず放送予定を言う。それからこの2曲を組み合わせた理由。ブラームスとシェーンベルクの若い時の作品。27歳と28歳。モデルとしては前者がベートーヴェン、後者がリヒャルト・シュトラウス。両作品ともニ短調なのはモーツァルトのレクイエムや第九と厳粛に繋がっている。ブラームスの当時の批評は全部めちゃくちゃで酷評。

更にこの2曲は結婚相手ともう一人の男が関係するのでワーグナーのトリスタンやマイスタージンガーに近い関係。まずロベルトとクララ、そしてブラームスの関係。シェーンベルクはゴローとメリザンデ、そしてペレアスとの関係。それらに絡む嫉妬。

対比は抽象的な絶対音楽と具体的な標題音楽。シューベルト・シューマンの流れのブラームスとワーグナー・R・シュトラウスの流れを汲むシェーンベルク。しかしブラームスとシェーンベルクはウィーンで知ってはいたが出会ったことはない。

ブラームスの原曲はピアノ2台。デットモルトのシーボルトとの愛の物語。音例は冒頭トフィナーレ。シェーンベルクはベルリンでの初の仕事。同じ題材でドビッシー、シベリウス、ラヴェル、フォレーなどが書いている。音例は冒頭、次にワーグナーから来る指導動機の解説、メリザンデ、ゴロー、ペレアス、焼もちのテーマ。ドビッシーの5幕のオペラと同じ順で話を追い楽劇のようにかつベルクのピアノソナタのように40分枠に凝縮して作曲されている。ホルンの跳躍はR・シュトラウスから。そしてペレアスの死。

TVカメラ8台。ブラームスは14型でヴァイオリン出身だとどうしても弦だけを豊かにしたがる。この前シェーンベルク弾いてたレヴィットは今回はタブレット見ないで普通に暗譜して弾いてた。ヴィオラとクラリネットのユニゾンはヴィオラは10なんだものだからクラリネットがほとんど聴こえない。21分50秒。第二楽章は伴奏よりもピアノの方が遥かにゆっくり弾いているが2度の音のぶつかりが聴くものを非常に納得させる。13分27秒。第三楽章も弦が多いもんだからピチカートが非常な威力になる。11分40秒。アンコールで楽譜を持ってきてパウル・デッサウの人種差別反対のピアノ曲は海上の支持を非常に受けて長い拍手。かなり深そうな無調作品。

シェーンベルクの作品5は4管編成でもトロンボーンが5だがベルクやウエーベルンでもトロンボーンがやたらと多い新ウィーン楽派の特徴。16型だがチェロだけが9で一人欠席?室内交響曲にも見られるシェーンベルクの諧謔。「パルシファル」から抜け出せないドビッシーのオペラよりもはるかに深刻な内容は同じ「パルシファル」を完全に消化し超越しているので調性をも越えられる準備ができた水準に達する傑作。38分50秒。

07.09.2018 Freitag 20:00 Uhr
Igor Levit spielt Brahms.
I. Levit, WDR Sinfonieorchester, J. Saraste: Brahms, Schönberg
Kölner Philharmonie

Igor Levit Klavier

WDR Sinfonieorchester
Jukka-Pekka Saraste Dirigent

Igor Levit spielt Brahms

Johannes Brahms
Konzert für Klavier und Orchester Nr. 1 d-Moll op. 15 (1854?57)

Pause

Arnold Schönberg
Pelléas und Melisande op. 5 (1902?03)
Sinfonische Dichtung nach dem Drama von Maurice Maeterlinck

Pause gegen 20:55 | Ende gegen 22:00

Das Konzert im Radio: Freitag 14.09.2018, WDR 3, 20:04
TV-Aufzeichnung
Live im Videostream auf wdr-sinfonieorchester.de
19:00 Uhr, Konzertsaal : Einführung in das Konzert


Website des Veranstalters:
Westdeutscher Rundfunk Köln

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6

 

348. 今年のボンの無声映画音楽祭 8月23日

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 8月24日(金)23時13分42秒
  Donnerstag, 23. August 2018, Arkadenhof der Universität Bonn

16日にも行ったが客が多すぎて入場制限で入れなかった。一週間後またトライしたが今度は全部埋まらなかった。出し物は特に自分は選んでないが邦画のせいかもしれない。しかし入場の荷物検査が厳しくなった。爆弾を持ち込むテロリストはいないと思うが、飲み物は一切ダメ。とにかく戦前の酷い映像でもライブで音楽家が即興してくれるので頼もしい。それを録音、録画した場合には電子音楽となるのか?今回ユーチューブで短編無声映像を録画して7通りの即興を与えるアイディアが醸造して来た。

大きな前線が来て雨の予報だったが今回も降らない。とにかくみんな飲んで酒臭い。まず最初に十数分間の解説があり、1本目のチェコの実験作品は実験作品と言われるが、当時音楽家がいなくて制作だけで一回の映画館で上映されたことのない作品で、今回も音楽は取りやめるらしい。日本からも松竹フィルムセンターのスタジオ女性が英語で文を読んでいた。読まないで物事を断片的に語った方が遥かに印象は良い。川端康成の『伊豆の踊子』であるがこれまで通算6回映画化されているらしい。今回はその戦前の一番最初の戦前の映像。

とにかく1本目は音楽が無いのでせめてピアノだけでファンファーレを弾いて見せる。それかな何も聴こえて来ない8分間の映像だけ。路面電車、汚いドブなどを素朴な風景を写しただけ。野原、寝る人、タバコ吹かす人、馬の餌、また路面電車。鳩、思索。今はすべてでデジタル化されているのでフィルムの故障はない。

Spaziergang ins Blaue
Spaziergang ins Blaue_Foto: Foerderverein Filmkultur Bonn e.V.
Tschechoslowakei/ CSR 1930
Regie / Directed by: Alexander Hackenschmied
Länge / Running time: 8 min
Das Erstlingswerk des tschechischen Fotografen, Filmkritikers, Kameramanns und ?Regisseurs Alexander Hackenschmied, der später als Alexander Hammid in Amerika bedeutende Avantgardefilme drehte sowie an der Entwicklung von Mehrfachprojektionen mitwirkte. Ein junger Mann fährt mit der Straßenbahn durch Prag, flaniert an der Moldau, streift durch die Vororte der Stadt und genießt die Natur. Eine impressionistische Studie, gefilmt mit subjektiver Kamera. / The debut film by Czech photographer, film critic, cinematographer and director Alexander Hackenschmied, who, after emigrating to the US and changing his name to Hammid, produced several major avant-garde films and helped develop multiscreen projection. A young man takes a tram ride through Prague, strolls along the Vltava River, roams the city suburbs and enjoys the nature. An impressionist study filmed from a subjective point of view.
?
Ein noch heute verblüffendes, formal vollendetes und in jeglicher Hinsicht ?einzelgängerisches“ Werk: Gedreht auf Wegwerfmaterial und mit einer von einem Freund geborgten 35mm-Handkamera, beschreibt der Film den vormittäglichen Spaziergang eines namenlosen Mannes durch jenen depravierten Arbeiterbezirk am Rande der Stadt, in dem Hackenschmied seinerzeit lebte. ?Mein Film SPAZIERGANG INS BLAUE war nicht geplant“, erinnert sich Hammid später. ?Ich hatte kein Skript. Es war mehr eine Improvisation. Ich beschloss zu versuchen, meine Gefühle zu diesem Stadtteil auszudrücken. Anstatt eines Belichtungsmessers verwendete ich nur meine Augen und beurteilte nach Erfahrung, was die Belichtung sein könnte.“ Bis der Film als das erkannt wird, was er ist, nämlich als erster tschechischer Avantgardefilm von bleibendem internationalem Rang, vergehen Jahre, ja sogar Jahrzehnte.
Michael Omasta: Tribute to Sasha. Wien 2002
AIMLESS WALK was Alexander Hammid’s debut ? however, it is a mature work in terms of its message, and a highly professional piece of filmmaking. From the point of view of visual language, it is especially worth noting the structure and rhythm of the film. Hammid, who had no technical equipment for editing, achieved a dynamic, purely cinematic tension by rhythmically altering static and dynamic shots, employing close-ups and extreme close-ups. AIMLESS WALK is not simply a documentary about Prague, nor is it a Modernist vision of urban civilization. The author constructs instead a world in its own right, an idea of living space, rather than reproducing any concrete social plan. AIMLESS WALK invites several comparisons ? with the notion of urbanity in the ?contemporary “city symphony” films of ?Walter Ruttmann (BERLIN. DIE SINFONIE DER GROSSSTADT, 1927) and Dziga Vertov (THE MAN WITH THE MOVIE CAMERA, 1929).
Michel Bregant: Alexander Hammid’s Czech Years. Vienna 2002


「伊豆の踊子」の伴奏はとりとめのない印象主義的テクニックで始まる。全音階はもちろんあるが無調は巧みに避ける。最初はミスが多いが、今回9人の即興演奏家の中でも常連でベテランらしい。ピアノからヴァイオリンへの持ち替えや一緒に違うリズムを弾く手法は巧みである。三味線やもちろんヴァイオリンのシーンもヴァイオリンで弾いて見せる。それをすべて人口的な西洋風の5音階で弾いて見せる手法はどっかみたされない違和感が出て来る。

何しろ日本的な日常の細かい問題の積み重ねなのでハリウッドの派手な映画に慣れている一般聴衆にとっては地味で映像も携帯電話に収まらないほど暗ので退出者が相次ぐ。最後に自分も最終電車に乗り遅れるので退出して今回も終わった。
Die Tänzerin von Izu
Japan 1933
Regie / Directed by: Heinosuke Gosho
Länge / Running time: 124 min
Musik / Music by: Günter A. Buchwald (piano & violin)
Einführung / Introduction by: Mika Tomita (National Film Archive of Japan)
Deutsche Erstaufführung einer neuen Restaurierung

Ein Meisterwerk des japanischen Stummfilms nach dem Erfolgsroman von Yasunari Kawabata, der 1968 als erster japanischer Autor mit dem Literatur-Nobelpreis ausgezeichnet wurde. Die melodramatische Geschichte eines Studenten aus Tokio, der sich auf der Halbinsel Izu in eine Tänzerin einer ärmlichen Wandertheatertruppe verliebt, beschreibt Heinosuke Gosho in poetischen Bildern und einer Stimmung, die der den später entstandenen großen Filmen von Yasujiro Ozu ähnelt. / A masterpiece of Japanese silent cinema based on the popular novel by Yasunari Kawabata, who, in 1968, became the first Japanese author to receive the Nobel Prize for Literature. The melodramatic tale of a student from Tokyo, who falls in love with a dancer in a poor traveling theater company on the Izu peninsula, is told by director Gosho with poetic imagery and a tone reminiscent of Yasujiro Ozu’s later major works.
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Der Roman schildert die Romanze zwischen einem Studenten und einer Wanderschauspielerin vor dem Hintergrund der schönen Landschaft von Izu. Es heißt, Kawabata habe den jungen Helden nach sich selbst gestaltet. Während populäre Fortsetzungsromane gängige Vorlagen für Verfilmungen waren, war es selten, dass wie hier reine Literatur verfilmt wurde. Der Erfolg des Films öffnete dem ?literarischen Film“ die Tore. Als er diesen Film drehte, hatte Heinosuke Gosho seine Position als führender Regisseur bei Shochiku mit über 50 Stummfilmen und dem bei Kritik und Publikum gleichermaßen erfolg?reichen ersten Tonfilm gefestigt. Dennoch drehte er weiterhin Stummfilme, nur hin und wieder erhielt Gosho die Gele?gen?heit, Tonfilme zu realisieren. Goshos Stummfilm-Könnerschaft wird deutlich in diesem Film, der wirkungsvoll die frische Lyrik der Romanvorlage in Bilder umsetzt.
Fumiko Tshuneishi, Le Giornate del Cinema Muto, 2005
One of Goshos greatest successes was his adaptation of Kawabata Yasunari’s novel, “Izu no Odoriko”, a bittersweet tale of doomed love. It was this film that established Gosho as a master of lyrical love stories. It also demonstrated his ability to depict the plight of the poor and the oppressed of society, especially women. As for Gosho’s visual style, it remained remarkably consistent throughout his career. Known as “the director who uses three shots where others use one,” he favored a form of piecemeal montage, which he said owed much to Ernst Lubitsch (i. e., cutting together numerous shots to reveal the texture of his characters’ lives and convey their innermost feelings). As he once said, “All films, as all works of art, must touch the emotions of the audience and touch them deeply. Only if we love our fellow human beings can we ?create. From this love of humanity streams all creativity.”
Arthur Nolletti: Word and Image in Japanese Cinema. Cambridge 2001

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リトアニアの現代音楽祭

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 8月12日(日)04時18分32秒
  リトアニアの現代音楽祭で知らぬ間に3曲も演奏してくれたのなら行けばよかったな?
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347. シャベール伯爵OBERST CHABERT

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 7月15日(日)05時47分25秒
  HERMANN WOLFGANG VON WALTERSHAUSEN

意外と入っている。オケはピットまでカーテンで隠されているが3管編成で更にバスクラリネットが加わる。まずはスコアに無いはずの電子音が鳴り響く。スコアの音楽が鳴り始めたらまた中断して電子音が出る。R・シュトラウスのような調性音楽の印象だがシュレッカーと同じ世代でも少し古いと感じる。30分。

休みなしに第二幕でまた電子音。舞台は目つぶしされている。同時代のコルンゴールドよりは深刻でまじめな内容。この指揮者は既にベルリン・ドイツ・オペラでこの曲を取り上げている。多分その時の歌手を連れて来たように歌の演技が板に付いている。実際は重複してない。プッチーニ的な劇的構成法。30分。

また電子音で目つぶし照明。木の映像が凄くきれいだ。更に花火の映像が加わり凄く近く見せてくれるのは初めて。R・シュトラウスの甘さは出て来ない。そのうちに廃墟の映画になってしまう。フランス国家『ラ・マルセイユ』の断片が指導動機のように出る。経歴を見るとこの複雑な作曲家がキルマイヤーの先生だったとは全く想像がつかない。最後にシャベールは自分を撃って死ぬ。ロジーネを毒を飲んだかに見えるが死ぬところまでは演出されていない。35分。

最後にロビーでゲシュプレッヒがあった。シュトットガルトのギーレンの「死者の家から」やケルンの「セラン」までこう言ったちょっと無名なオペラは聴衆の反応を聞くために時々質問させる。

まず、来年度にまた掛けることは可能かの質問。本当はやりたいがもう予定が出ており、完全に抜け落ちている。他のオペラハウスがこの舞台を持って行ってくれることに期待している。とにかく長い時間がかかる。

何のための電子音かは、歌手の着替えの時間に当てたらしい。5つのオペラと2曲の交響曲があり全部で27曲の作品番号があるが、指揮者も他のワルタースハウゼンの曲は全く知らない。今ストラースブールのオペラと上演の交渉しているらしい。このオペラには6週間の準備期間が必要。ワーグナーの面影もあるがもっと近代的である。

なぜこの作品が当時は大成功にもかかわらずツェムリンスキーのように残らなかったのか誰も知らない。少なくともシュレッカー並みの水準があることは確かであるが、3管編成で目立たないこと。3時間近くかかる「刻印された者たち」と比べて90分ちょっとでは印象が弱いことは確かである。上演記録はベルリン・ドイツ・オペラの他に1961年にバーゼルで上演記録があるだけ。

所謂ミュンヘン楽派でワーグナーの源流がある。主役のバリトンが着替えが終わって出て来るが、今までに『ラインの黄金』や『ジークフリート』のヴォータンを歌ったように、いわゆるヘルデン・バリトンの役割らしい。

その他の話題はオーケストラ・マネージメント。WDRがこのオペラ全曲を放送するために来ていた。

Premiere
17 Jun
18:00 H

21 Jun
19:30 H

27 Jun
19:30 H

05 Jul
19:30 H
Letzte Aufführung
13 Jul
19:30 H
Opernhaus
HERMANN WOLFGANG VON WALTERSHAUSEN
Musiktragödie in drei Aufzügen
Text frei nach Honoré de Balzacs Comtesse à deux maris und Musik von Hermann Wolfgang von Waltershausen
? mit deutschen Übertiteln ?
Von Waltershausens Oper OBERST CHABERT wurde heute Abend erstmals in England am Covent Garden gespielt. Alles verlief reibungslos und wurde begeistert, wo nicht enthusiastisch vom sehr zahlreichen Publikum aufgenommen. - Die Kritiken bewillkommnen das Stück als aufrichtig und gekonnt mit Augenblicken starker Gefühle ... Diese Meldung war am 25. April 1913 in der New York Times zu lesen, bereits einen Tag nach der so erfolgreichen Premiere von Hermann Wolfgang von Waltershausens Oper OBERST CHABERT am Royal Opera House Covent Garden. Nach der Uraufführung am 18. Januar 1912 trat die Musiktragödie einen für einen deutschen Komponisten dieser Jahre jenseits von Richard Strauss selten dagewesenen Siegeszug an. Innerhalb kürzester Zeit war die Oper in Berlin, München, Laibach, Straßburg, Stockholm, Wien, Basel, Brünn, Budapest, London, Prag und Riga zu sehen. La Transaction, Le Comte Chabert, La Comtesse à deux maris, Le Colonel Chabert: Unter vier verschiedenen Titeln erschien Honoré de Balzacs hochemotionaler und zutiefst erschütternder Roman um den vermeintlich von den Toten auferstandenen napoleonischen Oberst Chabert, der nach vielen Jahren der Verschollenheit wieder Zutritt zu seinem wirklichen Leben begehrt. Waltershausen, als Komponist gleichermaßen versiert wie als Schriftsteller, erkannte die dramatischen Qualitäten dieses Stoffes und schrieb auf ein eigenes Libretto einen der wichtigsten Beiträge zum musikalischen Realismus in Deutschland. Seine Musik erreichte sofort ihr Publikum, Waltershausen war über Nacht ein gefeierter Komponist ? bis 1933, als die Nazis ihn als Direktor der Münchner Musikakademie in den Ruhestand zwangen, erlebte seine erfolgreichste Oper weltweit 100 Inszenierungen.
?
Einführungsmatinee
OPERNFOYER | SO, 3. JUNI 2018, 11 UHR
Moderation: Markus Schwering, Musikredakteur Kölner Stadtanzeiger
mit Brunch
…und außerdem…
DER KOMPONIST HERMANN WOLFGANG VON WALTERSHAUSEN
EIN KLINGENDES PORTRAIT
OPERNFOYER | MO, 25. JUNI 2018, 19.30 UHR
?
HINWEIS | Eine Stunde vor Aufführungsbeginn stehen im Foyer unsere ehrenamtlichen OPERNFÜHRER für Sie bereit und freuen sich auf Ihre Fragen zu Werk und Inszenierung.
Besetzung
Graf Chabert
Mark Morouse
Graf Ferraud
Peter Tantsits
Rosine
Yannick-Muriel Noah
Derville
Giorgos Kanaris
Godeschal
Martin Tzonev [P] [17.6.|21.6.|27.6.|13.7.]
Stephen Bronk [5.7.]
Boucard
David Fischer
Beethoven Orchester Bonn

Musikalische Leitung
Jacques Lacombe
Regie
Roland Schwab
Bühne
David Hohmann
Video
Janica Aufmwasser, Niclas Siebert, David Sridharan
Kostüme
Renée Listerdal
Licht
Boris Kahnert
Dramaturgie
Andreas K. W. Meyer
Regieassistenz und Abendspielleitung
Barbara Schröder
Studienleitung
Julia Strelchenko
Bühnenbildassistenz
Ansgar Baradoy
Kostümassistenz
Dieter Hauber
Inspizienz
Tilla Foljanty
Soufflage und Sprachcoach
Stefanie Wüst
Bühnenbildhospitantin
Ida Oline Kuhlmann

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346. マヌリのフルート協奏曲10.07.2018 Dienstag 20:00 Uhr

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 7月11日(水)23時28分15秒
  1時間前の解説はパユとマヌリが出て来た。テーマは『革命』。ベートーヴェンの5番が3番と共にフランス革命と関係するからとかである。パユはフランス人でもベルリン・フィルで働いているだけあってドイツ語が完璧に上手い。ここで5番の音源を少し流す。当時にウィーンの反応を聞くがパユは音楽学者ではないので無茶な質問。マヌリは5番の最初のホルンの3度のクレッシェンドが好きだと言うが実際には譜面にクレッシェンドは書いて無いのもあるが、書いてあるものもある。次の木管がクレッシェンドするのでホルンもするのが普通の常識である。ここでロートの学生時代の過去がフルーティストだったという話題になるがこれがこの時点ではコンサートにどう関係するのかわからなかった。フルート協奏曲を振ることは確かである。

新しいアイディア、新しい道、新しいパルスを目指してパユは既に15曲の委嘱をしたらしい。今日のはモーツァルトよりも最も長い25分かかると言っている。他にイベールの協奏曲があるが20分ぐらいらしい。音源として今夜の協奏曲の『劇的な構成』と称する部分を聴かせる。フィルムのシナリオの演出法のように作ってあると強調。ユ二ヴァーサルの時間、トライ、注目、ゲーム感覚のジョーク、ディスコ、印象的などのいろんな語句を並べる。最初の部分は増大の美学と言い切って自立の哲学。ブーレーズのドローンをまた聴かせられる。ピーター・セラーズの会話を聞かせて引用する。直接関係なくともパユがそう終わらせると言う。とにかく終わりにいろんな状況が生まれ、迷路に嵌ってしまうと言う。本当は革命は考えていないと本音も吐く。

ロビーは各国の国家の展示会。イスラエル、トルコ、韓国、アメリカ、フランス、ソヴエトユニオン、もちろん「君が代」もありできたいきさつを解説。アイスラーによるDDRの国歌。ハイドンのドイツ国家は吹奏楽伴奏のパート譜を全部展示して見せる。ラッヘンマンの「ドイツ・リート」の弦楽四重奏曲協奏曲のスコアの展示、もちろんシュトックハウゼンの『ヒムネン』の展示も出て来る。エッゲルトのピアノ曲はいろんな国家のメドレーらしい。ウッドストックもある。それ以外にはザールランドの「州歌」がある。

ドイツが予選で負けたのにフランスとベルギー戦のサッカーの途中経過と結果をロビーに張り出している。後でわかったがチケットが当日売りの立ち見しかない。座りの席売り切れでもがら空きなのはチケットを持っている客がコンサートに来るようにの配慮なのであろう。それでも自宅でTV見てる人が多すぎる。負けずにコンサートもネット生中継でTVカメラが3台入っている。

『フィンガルの洞窟』は自分は初めて高1で生のプロオケに行った時以来聴く曲目。当時は山田和夫指揮の読売日響だった。その後有名なヴァイオリン協奏曲、最後が『新世界』だった。実際に見るとベートーヴェンの一般交響曲と同じ2222-2200PK‐12、10、8、6、4であることがわかる。チェロの旋律に凄く艶があるが意外とフレーズが霞んで切れてしまう。トゥッティがトランペットに弦が覆われ弦の刻みが良くわからない。十分に硬くて重くていいが、必ずしもトゥッティが一緒に出れるわけでもない。コーダはサワリッシュ・N響の様な幸せなロマンティシズムは二度と出て来ない別な物。最終稿で10分14秒。

これでオーソドックスなコンポーザー・イン・レジデンスが終わるマヌリの最後の曲。アンティックシンバルが加われると鍵盤打楽器が7になり4人でやれるようになっているらしい。マリンバは高音の木琴まで繋いだように長大な物。弦はそのまま12型。

スペクトルのような音の広がり方。ルトスラフスキーのように各パートを繰り返してテンピを自由にする。普通の長いカデンツァ。メシアンのような和音の房。駒の上では全弦のトゥッティにすると良く聴こえるようだ。もうマリンバのトレモロだけはもう二度と聴きたくないが、ここにもすぐ出て来て非常に残念だ。フルートがオーソドックスに良く動く。『イタリアのハロルド』の様にひねくれたらもっと面白かったろうに。リムスキー・コルサコフ風のピチカートの繰り返し。和音の塊の早いパッセージ。最後のクライマックスで指揮者が素早くピッコロに持ち替え一緒に吹く。この部分はフルート全員が休みだから吹けない指揮者でも「指揮」はできるようだ!23分9秒。

休みはロビーでサッカー情報。0対0.

ベト5はこれまでアマでは4年前に福島大学の学生オケで、プロが晩年のチェリで本番は売り切れているのでミュンヘン・フィルのGPで聴いた。フルトヴェングラーを除いてこの曲は豪快にならしまくると成功する。ベーム、バーンスタイン、チェリビダッケ、みんなそうだ。普通は木管だけ倍管で16型だが今回は12型そのまま。

ヴィブラートの無い弦、穴空きトランペット、トロンボーンはアルトも含むバロックポザウネンらしい。拍手が終わらないうちにすぐ始まる。ファゴットがあんなに強いアクセント吹いてもひっくり返らないのが驚異的。6分53秒。変なチェロの旋律の切り方。コンバスはオクターブ低いCも弾いている。9分17秒。トランペットの音の出し方はサロネンを思わせ良く弦に混ざる。5分12秒。管楽器が皆綺麗にハーモニー化している。テインパニのトレモロは最高に速い。全体的に速くテンポを動かしまわるので全部合い切れない。10分22秒。最後のアップラウスで指揮者がフランスチームのユニホーム着て出て来てフランスが勝ったことを告げて解散。

帰りは木が倒れて架線が切れて単線通行で24分遅れで着く。


E. Pahud, Gürzenich-Orchester Köln, F. Roth: Beethoven, Manoury, Mendelssohn Bartholdy
Kölner Philharmonie

Emmanuel Pahud Flöte

Gürzenich-Orchester Köln
François-Xavier Roth Dirigent

Felix Mendelssohn Bartholdy
Ouvertüre h-Moll "Die Hebriden oder Die Fingals-Höhle" op. 26 (1829?30/1832)
für Orchester

Philippe Manoury
Konzert für Flöte und Orchester (2017?18)
Auftragswerk des Gürzenich-Orchesters Köln

Pause

Ludwig van Beethoven
Sinfonie Nr. 5 c-Moll op. 67 (1804?08)

Pause gegen 20:45 | Ende gegen 21:45

GO PLUS ? dieses Konzert wird live im Internet übertragen
19:00 Uhr, Empore : Einführung in das Konzert
Eintritt nur mit gültiger Konzertkarte


Website des Veranstalters:
Gürzenich-Orchester Köln

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345. ケルンの「秘密の結婚」、7月5日Domenico Cimarosa

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 7月 6日(金)23時26分35秒
  12時半からの公開プローベは今年でやっと2回目。日曜日のギュルツニッヒの今シーズン最後の定期のための練習で、何時もの「フィンガルの洞窟」や「運命交響曲」の傍らに委嘱されたマヌリのフルート協奏曲が含まれる。まだ初演してないで練習中なので間に合わないのでその練習を公開してる。フルートはこれまたベルリン・フィルのパユで作曲者も同席している。

フルートのソロから始まるらしい。旋律のところどころにフラッターツンゲが入っているのはブーレーズの「メモリアル」を徹底的に勉強した跡が見られる。スコアだけではなくパート譜もきれいにPCで浄書されているのが今日では主流らしい。さすがパユのフルートのアタックは凄い迫力。ロートがアナリーゼして解説。フランス語で作曲者にも質問して練習風景のすべてをドイツ語にも直して公開する。「そんなにppではなく」という答えが返ってくる。9小節目のトレモロがはっきりしないという注文。ヴァイオリンのリズムは完全に記譜されていなくて自由だという事を解説。ブーレーズのようにすぐフェルマーターでテンポを止めるところは完全に「メモリアル」の手法。3管編成であるがフランス流らしくティンパニは無く鍵盤打楽器がメシアン流に結構多く3人で少なくとも6台を受け持つ。34小節目は「静かに」。2・3Undと言う始め方は2拍目と3拍目ガ2:3になっている変拍子であることを悟る。

弦楽器の分割に付いて説明。15小節はもっと分離してキャラクター化するように注文。47小節目の木管楽器のパッセージではなくて和音の方を整理するのはフランス流らしい。67小節目はMeno mp と注文。ポザウネンが出て来ないので曲を客のために飛ばして特別練習。原画12、10、8、5、4らしい。168小せつぃめの弦のトレモロの練習。更に駒の後ろで弾く奏法をコンマスで解説。作曲者がもっとプレスと注文。トゥッティでデモンストレーション。全体的に何時ものフランス・アカデミズムでそんなに面白くない。

ギュルツニッヒはこのようにしてブラームスやマーラー、R・シュトラウスの作品を初演してきたから今もやっているとこの意義を強調。3回のコンサート全部来るように(笑)または最終日の火曜日はインターネットでライブもあると聴衆に宣伝。一応火曜日だけのチケットは確保したがそんなに行けない!

夜の「秘密の結婚」は結局解説はなかったようなので遅く定刻までに行く。行く前で図書館が楽譜見たが、1792年2月7日の初演稿はウイーン版の序曲があったらしい。ビデオを見る限り最も長いのは3時間越しているが、この日も定刻の7時半に始まるのでカットしているだろうと思っていたのが甘かった。

チマローザはボッケリーニ、ペルゴレージ、ケルビーニらと並ぶイタリア古典派の代表格。ピットはコンバスを両端に一人ずつ並べる第一第二ヴァイオリンに次ぐ対象配置。

まず始まり方が1年前にウィーンで初演された「魔笛」と全く同じ始まり型。これはニ長調であるが、絶対に当時作曲者も聴いていたと確信できる。指揮者は立ってチェンバロ弾けるようにセットされている。ティンパニの短い撥は隣の穴空きトランペットより暴走してしまう。指揮者は聴くよりも煽るタイプなのか?オーボエとファゴットとホルンが正面だが、フルートとクラリネットが左横なのは出番が少なくしょっちゅう出入りができるためらしい。

にぎやかな台本通りの舞台、衣装も当時のもの。テノールが生々しくすべてが聴こえる音程ではない。女声は安定しているが少し声が小さいのは舞台が前方ほど下がっているためか?指揮者の装飾のふんだんなチェンバロが始まるが、もう一人第二チェンバロもいてカラヤン方式に見えるがユニゾンではなくて互いに受け渡して即興しているらしい。従ってオケのアリアの最中でもチェンバロが響く。ウィーンで30年前やっていたラインスドルフやマッケラス、フランクフルトのカンブルランのソロの弾き振りともちょっと違う。

バレエ団と思われる3人組がしょっちゅう入ってきて曲芸を披露してくれる。途中でちょっと聴衆にも単純な繰り返しを歌わせる。鶏のようなスカートと鶏冠のような被り物、それに大きな本の階段は子供オペラみたいなお笑い演で羽目まで出ている!アリアの終わりは当時のモーツァルトと同じカデンツだがオーケストレーションがシューマンみたいに重ねっぱなして色彩感がない。100分。

この第二チェンバロ奏者は変な奴で明かりを最小限に落としっぱなしでほとんど暗闇で弾いている。歌手たちが鶏の鳴き声の真似をして面白い。ロッシーニのような低音の早口アリア。守護霊のようなオーケストラの伴奏はしょっちゅう歌手を守るプロンプターと共に次ノ道を案内している。「愛の妙薬」のドゥルカメラを思わせるバスのインチキ臭い歌唱。それにしても2台のチェンバロの反応する即興が素晴らしい。各幕の長いフィナーレがモーツァルトと同じ作り方。ティンパニのDの調律が高すぎてすぐに直さない。全曲カットなし。後半は90分で合計3時間10分。

Il matrimonio segreto
Dramma giocoso per musica in zwei Akten
Libretto von Giovanni Bertati nach der Komödie "The Clandestine Marriage" von George Colman und David Garrick
Musik von Domenico Cimarosa (1749 - 1801)
Übernahme einer Produktion der Festwochen der Alten Musik Innsbruck, aus dem Sommer 2016
Do /
Jul 18
StaatenHaus Saal 2 / 19:30 ? 22:55 / Vorstellung / 12 ? - 69 ?
Inhalt
Der?reiche Kaufmann Geronimo will seine jüngere Tochter Carolina unbedingt mit einem Adeligen verheiraten, um selbst in die feine Gesellschaft aufzusteigen. Diese hat jedoch Paolino geheiratet ? um dem Zorn ihres Vaters zu entgehen ? heimlich. Das Ehepaar hofft, dass Elisetta die ehrgeizigen Vorstellungen des … Vaters erfüllen wird. Deshalb hat Paolino den verarmten Grafen Robinson als Heiratskandidaten ins Haus des Kaufmanns eingeführt. Doch der schöne Plan geht schief: Robinson verliebt sich in Carolina, die Witwe Fidalma in Paolino. Die verschmähte Elisetta überzeugt ihren Vater Geronimo, ihre Schwester Carolina in ein Kloster zu schicken. Daraufhin unternehmen Carolina und Paolino einen Fluchtversuch, werden jedoch von Elisetta entdeckt und vor allen Hausbewohnern gestellt. Die heimlich vollzogene Ehe fliegt auf, die Pläne des Vaters werden kurzerhand umstruktuiert ...
Der früh verwaiste Domenico Cimarosa erhielt seine umfangreiche Ausbildung als Organist, Geiger, Cembalist und Sänger in Neapel. Kompositionsunterricht erhielt er bei Piccinni, der, wie Paisiello, bald zu seinem schärfsten Konkurrenten wurde. Erst als Piccinni nach Paris und Paisiello nach St. Petersburg berufen wurden, festigte Cimarosa sein Ansehen. 1777 schrieb er erstmals eine Oper für Rom, 1781 eine für Venedig ? und Mitte der 1780er Jahre gehörte er zu den meistgespielten italienischen Komponisten. 1791 ernannte ihn Kaiser Leopold II. als Nachfolger Salieris zum Hofkapellmeister in Wien, wo er am 7. Februar 1792 an der dortigen Hofoper ? heute Burgtheater ? mit ?Il matrimonio segreto? seinen größten Dauererfolg erzielen konnte.
Cimarosas Librettist Giovanni Bertati griff auf die englische Komödie ?The Clandestine Marriage? zurück, die wiederum von William Hogarths Stichen inspiriert wurde. Bertati milderte die beißende Satire der englischen Vorlage und näherte das Stück der italienischen Komödie an. ?Il matrimonio segreto? ist ein liebenswert empfindsames Stück, das bis heute nichts von seinem Reiz eingebüßt hat. Cimarosas Typen stammen zwar aus dem Arsenal der Commedia dell’arte, doch sind seine Figuren nicht nur einseitig komisch, sondern um die Fähigkeit zu wahren Gefühlen erweitert.
Bei der zweiten Vorstellung von ?Il matrimonio segreto? am Burgtheater geschah in der Geschichte der Oper etwas noch nie Dagewesenes: Kaiser Leopold II. bat um die Wiederholung nicht nur einzelner Arien, sondern der ganzen Oper!
?Ihr glaubt, dass Bräutigame sich wie Liebhaber benehmen?? (Geronimo, I. AKT)
Besetzung
Musikalische Leitung Gianluca Capuano / Inszenierung Renaud Doucet / Bühne & Kostüme André Barbe / Licht Andreas Grüter /
Geronimo, ein reicher Kaufherr
Donato di Stefano
Elisetta, seine Tochter
Emily Hindrichs
Carolina, seine Tochter
Anna Palimina
Fidalma, seine Schwester
Jennifer Larmore
Graf Robinson
Renato Girolami
Paolino, Buchhalter bei Geronimo
Norman Reinhardt
Orchester
Gürzenich-Orchester Köln

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